連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「さように思うていてくれたのか……」
「それに次郎様は兄上を慕っており、誰よりも深く尊敬なされている。このところ、晴信様の方がすげないので、少し寂しがっておられるようだ。備前もそのことを気にしていたようだぞ」
 昌俊は次郎の傅役である甘利虎泰のことを付け加える。
「……われらの方に、少し意識しすぎるところがあるのやもしれぬな。気を付けねば」
 信方が自戒を込めて呟く。
「晴信様のことも心配であろうが、もっと深刻な問題が眼の前にある」
 厳しい面持ちになり、昌俊が言葉を続ける。
「実の取れない戦が続き、当家は危機に直面している。これ以上、悪天候と不作にみまわれ、合戦を継続すれば、あっという間に蔵が空っぽになるのは明白だ。家臣への禄が止まるのはもちろんのこと、度重なる徴発で領民の不満も膨らみきっており、いつ破裂するかわからぬ。一揆(いっき)にでもなれば、甲斐の国内は収拾がつかなくなる。御屋形様は信濃(しなの)を奪取すれば兵糧不足も解決すると楽観なさっているが、そう簡単な話ではあるまい。悪天候と不作の被害を受けているのは信濃も同じであり、民から搾り取ればよいという発想には限界がある。どこかで戦を打ち止めにし、領国の経営を立て直さねばならぬ。わざわざ家中で相続を巡る内訌など作り出している暇はないのだ」
「そなたの言分はよくわかった。ならば、まずは手早く佐久の戦を片付けてしまおう」
「そうするしか、なさそうだな」
「では、よろしく頼む」
 信方は改めて頭を下げる。
「おう。それがしは御屋形様にお願いし、諏訪行きのお許しを貰(もろ)うてくる」
 原昌俊はすぐに動き始めた。
 ――まったく頭の切れる漢だ。物事の真髄がよく見えていると言うべきか。味方とすればこの上なく心強いが、敵にすれば、これ以上怖ろしい相手もおるまい。やはり、昌俊には若の味方でいてもらわねば困る。あ奴とは同じ釜の飯を喰うた同輩でよかった。
 今し方の話を反芻(はんすう)しながら、信方はそう思った。
 戦支度は慌ただしく進められ、数日後に信方と原昌俊は若神子(わかみこ)城へ向けて出立した。
 そこでは海ノ口城から後退していた飯富虎昌が待っていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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