連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 手短に段取りを終え、信方は晴信に歩み寄る。
「若、勝手に援軍を志願しまして申し訳ありませぬ」
「……いや、この身もわれらが飯富を助けに行くべきだと思うておった。されど、お許しをいただけなかった」
「ここはひとつ、この板垣めにお任せくださりませ。それがしが行けば、虎昌も若の御指図だとわかりまする」
「……この身が行けぬことをすまぬと伝えてくれ」
「承知いたしました。若は新府にて泰然と構え、朗報をお待ちくださりませ」
「わかった」
「では、すぐに出陣の支度をいたしまする」
 こうして信方は佐久へ出陣することになった。
 その日の夕刻、原昌俊が信方の屋敷を訪れ、二人だけの談合が行われる。 
「信方、そなたとの間で、回りくどい話は必要あるまい。出陣に際して何が必要か教えてもらえれば、できるだけのことはしたい。されど、それがしも陣馬奉行の職を預かる身ゆえ、駄目なものは駄目と断じさせてもらう」
 原昌俊はさっそく本題に入る。 
「そうしてもらえると助かる。では、簡潔に望みを申す。こたびの合戦は疾風迅雷の勢いが肝要、相手に考える間も与えず、攻め倒して行かねばならぬと思うておる。それゆえ……」
「ちょっと待ってくれ、信方。なにゆえ、さような戦法を考えた?」
「たとえば、兵糧の備えひとつとっても、今の武田に長い合戦を構えるだけの余裕はないと見ておる。将兵への禄までが絞られ、不満も膨れ上がっている中、悠長に長期の出陣を考えることはできまい」
「……そなたの申す通りだ。できうるならば、戦そのものを避けたかったくらいだ」
「それならば、短期での決戦を仕掛けるしかなかろう。その采配に応えられる寄騎(よりき)衆と、兵が戦いに専心できるだけの兵糧が欲しい」
「寄騎は誰か目星がついておるのか?」
「それがしと飯富でがむしゃらに敵城を攻めるつもりゆえ、巧妙に守りながら果敢に敵を撃退できる曲者(くせもの)、城の守備に長(た)けた古参の将がよい。それがしが思いつくのは、小山田備中(おやまだびっちゅう)殿、長坂(ながさか)昌房(まさふさ)殿あたりか」
「なるほど、さすが、良きところに眼を付けている。その二人ならば、できた倅(せがれ)がおるゆえ、六左衛門(ろくざえもん)と源五郎(げんごろう)の二人に父の助けをさせるのがよいかもしれぬ」
 昌俊は小山田昌行(まさゆき)と長坂虎房(とらふさ)の名を上げる。
 共に二十代半ばの血気盛んな若武者であり、信方もその力をよく知っていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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