連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……村上義清が海尻城に大幅な梃子(てこ)入れをしたようで、兵部(ひょうぶ)が足止めをくらっておる。どうにか打開せねば、出兵そのものが無駄になってしまうやもしれぬ。そこで……」
「待て、常陸!」
 信虎が家宰の言を遮る。
「海尻城如きで手間取っているなどとは聞いておらぬぞ!」
「……いえ、御屋形様、昨夜、申し上げましたが」
「佐久の戦が滞っているとしか聞いておらぬ!」
「……あ、いえ……海尻城とは……確かに」
「余が命じたのは、平賀城の攻略ぞ! その遥か手前で、兵部はいったい何をやっておるのだ!」
「……申し訳ござりませぬ。……村上の動きが……読めておらなかったもので」
 荻原昌勝がしどろもどろになる。苦しそうに右胸を押さえ、荒い呼吸を繰り返していた。
「使えぬ者どもめが!」
 信虎が怒りにまかせて立ち上がろうとする。
「御屋形様、お待ちくださりませ」
 止めたのは、意外にも信方だった。
 これには同席していた晴信も驚く。
「何であるか、駿河」
 信虎が剣呑(けんのん)な眼差しを向ける。
「懼(おそ)れながら申し上げますが、それがしを虎昌の与力としてお出し願えませぬでしょうか」
「そなたが兵部の援軍とな?」
「はい。これまでの合戦で村上の手口もわかっておりますし、少々手荒い方法を使えば、御屋形様のお望み通りに素早く佐久の制覇が進むと思いまするが」
「手荒い方法?……そなたが直々に出張ると申すか?」
「はっ! お許しいただけますれば、必ずや」
「ふん、面白そうではないか。どこまでやれるか?」
「佐久郡のほぼすべてと考えておりまするが」
「ほう、大きく出たな。ならば、やってみるがよい。与力を許す」
 皮肉な笑みを浮かべた信虎が浮かせた腰を再び大上座に下ろす。
「有り難き仕合わせにござりまする」
 信方は深々と頭を下げてから言葉を続ける。
「常陸守殿もだいぶお疲れのご様子とお見受けいたしますゆえ、出師(すいし)の編成に関しましては、それがしと陣馬(じんば)奉行の加賀守(かがのかみ)殿にお任せいただけませぬか」
「さようか……」
 信虎は今にも倒れそうな荻原昌勝を一瞥(いちべつ)してから答える。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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