よみもの・連載

長月 天音 インタビュー

 

──
他に思い入れのあるキャラクターはいますか?
長月
店長の皆見ですね。コロナ禍の飲食店での店長という立場は大変だな、と。個人でカフェを経営している穂波さんも大変なんですけど、「マルコ」は会社組織という設定ですから、支店の店長という中間管理職は本社とスタッフに挟まれる立場で舵を取るので、とても苦労が多かったんじゃないかと思いまして。思い悩む様子を、同期の六花を通じて描ければ面白いんじゃないかな、と。
──
最後の方で活躍するシーンまで店長の皆見はなかなか大変なことが多いですね。
長月
弱気なだけの店長で(苦笑)。どうしたらいいのか、コロナ禍では飲食店に限らずみんな悩んでいたと思うんです。先も見えないし、何をやるのが正解なのかもわからない。ただ会社がなくなってしまっては困るからみんな頑張るしかない。
──
「マルコ」のスタッフはお店に対する忠誠心が高いですよね。
長月
きれいごとだと言われてしまうかもしれないですけど、みんな「マルコ」が大好きなんです。現実問題として、今この仕事が嫌だからやめたとして、コロナ禍でほかにどこに行くんだ、というのはあったんじゃないでしょうか。だったらここにしがみついていた方が、と思っていたんじゃないですかね。
──
現実のコロナ禍と小説の中のコロナ禍の距離感には何か悩まれましたか?
長月
飲食業界に身を置きながら、ニュースや新聞から情報を得ての執筆だったので、あらゆる立場の様々な考え方がある中、これは正しいことなのか、私だけが勝手に思っていることなのではないかというのは常に悩みながら書いていました。
また、物語は第五波が収束しはじめるあたりで終わるのですが、書き終えた今でも思うのは、物語の最後があれでよかったかということです。その後の第六波でさらに多くの方が感染され、世の中の様々な制限は状況に応じて形を変えながらも、ずっと続いていました。けっして問題が解決したわけではありません。
──
現場の最前線にいらっしゃる方の貴重な意見が反映された小説だと感じました。
長月
飲食店に来店されるお客様たちも、コロナとの付き合いがもう二年になるとすっかり慣れていて、「こうしていれば多分大丈夫なんじゃないかな」と割り切っていらっしゃる気がしています。極端に恐れている感じの方はいらっしゃいませんし、街の人出も多くなっています。
──
落ち着いていくといいですね。
長月
最初のころは必要以上に恐れていて、それが大事だったとも思うんですが、様々な制限が設けられたことが人々にとってトラウマになっていて、ここまで我慢する必要があったのだろうか、と今になって感じているように思います。何の楽しみもないのは、人間にとって耐えられないとしみじみ感じました。外食は一番身近な娯楽だと思うので、そういうところに人々が戻ってきてくれればいい。
──
人出は戻ってきていますか?
長月
はい、そうですね。東京の人口は多いので一概には言えないと思うんですけど、私の働くお店では、昨年の東京オリンピックが始まったあたりから、コロナ以前のようにとまでは言えないですが、コロナをただ恐れていたその前の年の夏よりはずっと忙しくて、全然違うな、と感じました。夏休み期間、お子さんを我慢させるのはかわいそうだ、と親御さんが思っていらっしゃったというのもあったと思います。
プロフィール

長月天音(ながつき・あまね) 1977年新潟県生まれ。大正大学文学部 卒業。飲食店勤務経験が長い。2018年『ほどなく、お別れです』 で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 他の著書に『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』『明日の私の見つけ方』がある。