よみもの・連載

長月 天音 インタビュー

 

■その時その時でできることをやっていくしかない

──
特にどういう人にこの小説を届けたいですか?
長月
私は飲食店を擁護しようとかそういう思いで書いたわけでは全然ないんです。コロナ禍に限らず、誰しも思い悩みながら生きています。そこに、コロナが覆いかぶさってきた。コロナには、自分だけでなく世界中の人々が苦しめられています。様々な制限があるなか、それを受け入れて、前へ進んでいくしかありません。模索し、工夫し、あきらめずに頑張っていくしかありません。
──
すべての人に前向きに頑張ってほしいということですね。
長月
そうですね。コロナウイルスで人類が絶滅するとは全然想像できないから、今を何とか乗り越えれば希望があるはずだと信じることが一番大事だと思います。亡くなられた方も多くいらっしゃって心が痛みますが。
飲食業は人と人との直接の交流から成り立つ商売です。小説に出したイタリアン「マルコ」は、ちょっと手厚い感じのサービスをやってきたお店なので、お客様と接する時間も長く、ファーストフードでは絶対に得られないような感覚を与えているはずです。飲食店の使い分けはお客様の自由ですし、求めるものも違う。でも、どんな業態であれ、そこには直接お客様との会話があります。やっぱり飲食店はなくてはならないものだと思います。私自身、飲食業でずっと働いてきたので、人との接触を避ける世の中になった時、今までしていた仕事って何だったのだろう、と考え込んでしまう瞬間もありました。けれど、人との会話もサービスも否定されるものではなくて、絶対なくしてはいけないものだと信じています。
──
小説の中でも対面のサービスにこだわる部分が出てきますね。
長月
うまく書けているかどうかはとても不安です。常連さんの中には一人で訪れる高齢の方や、毎回ランチタイムに来店されるお一人様も多いです。そういう方にとって、フラッと立ち寄って気分転換できるお店になれていたら嬉しいと思います。独り暮らしの高齢の方にとっては、お店での会話が心の支えになっているかもしれないですし、人と触れ合える場所としても重要なのかもしれません。
飲食業界に偏って書きましたが、この二年間、様々な立場の人が不便な世の中で、苦しみを味わってきました。私自身一番悩んだのが、医療従事者の人が頑張っているのに、人が集まる都心の飲食店で仕事をしていていいのかなということでした。私も六花も迷いながら働いてきた思いがします。決して答えが出ないもやもやしたものを、小説で表現できていればいいのですが。
──
常にその場でどうしたらいいのか正解を探し続ける、ということですね。
長月
その時その時で自分ができることをやっていくしかないのかな、というのが特にこの二年間意識したことです。色々やりたいことはあるけどやるべき時期じゃないのかなとか、不安はあるけど心配しすぎても心が苦しくなるだけなので、考えるのはやめようとか。小説の中でも、前半では主人公たちはテイクアウトの販売をしなきゃとか、新しいものを考えなきゃとか、何とかしなければいけないと焦っている。でも、今は何をしてもうまくいかないと気づく場面があるんですよ。今の状況で目新しいことをやるのではなく、焦ってばかりいても仕方ない、何とか耐えしのぐんだって。
──
最後に一言お願いできますか。
長月
人間のたくましさを書きたかったのかなと思います。コロナ禍の中、みんなそれぞれの方法で工夫をしている姿に何度も驚かされました。たとえば若い女の子たちはマスクをしていてもかわいく見えるメイクを考えたり、学校では、行事が制限される中、生徒を何とか楽しませようと先生や保護者が知恵をしぼったり、コロナ禍での生活に合わせたヒット商品を生み出す企業があったり、上げればきりがありません。どんな状況でも楽しみを見出し、工夫して新しい商品を作って、すごいですよね。そういう話題に刺激されながら、最後まで書き上げることができました。

2022年3月8日収録 聞き手:編集部  インタビューは感染予防に気をつけて行いました。

プロフィール

長月天音(ながつき・あまね) 1977年新潟県生まれ。大正大学文学部 卒業。飲食店勤務経験が長い。2018年『ほどなく、お別れです』 で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 他の著書に『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』『明日の私の見つけ方』がある。