長月 天音 インタビュー
■コロナは人の自由を奪った
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- 外食が一番身近な娯楽かもしれないという言葉がありましたが、外食は六花にとってどういう存在ですか?
- 長月
- 外食と一言で言っても色々なタイプがあると思うんですよ。本当にお腹がすいたから食べに行く外食と、美味しいものをいい雰囲気で、現実からちょっとトリップしてリフレッシュできるお店で食べるのとでは全然違う。六花が働いているのはカジュアルイタリアンですけどちょっと高めの設定なので、後者のほうです。気心の知れた相手と、日常とは違う経験をして、気分を新たにまた明日から頑張ろうという意欲を与えてくれる場所、それが六花にとっての外食です。
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- 長月さんが気分をリセットできるような外食には、どういうものがありますか?
- 長月
- 私自身のことを言うと、あまりお店にこだわりはなくて、ただ好きなものを好きな人と食べられれば、たとえ居酒屋だろうと赤ちょうちんのお店だろうと、少し汚い中華料理のお店だろうといいと思うんですね。自分の家とは違う空間で食事をするのがちょっとした心のリフレッシュになるというか。あと、家では食べられない味ってありますし、お客さんだから当然なんですけど、自分のために人が作ってくれる料理はやっぱり美味しいですよね。
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- この料理が美味しかったというものはありますか?
- 長月
- たくさんありすぎて(笑)。そうですね、今一番ハマっているのはインド料理かもしれません。家では作れないものが多いからでもありますが、この複雑な味は何でできているんだろうと想像するのも、外食の楽しみなのかなと。やっぱり非日常の体験ですね。
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- 六花が働く「マルコ」はどういうイメージで描かれましたか?
- 長月
- 人が常に行きかう場所で、ある程度の大きさで、人流が止まった時に一番ダメージを受けそうなお店をと考えたので、駅ビルの中にあるお店を思いつきました。
通勤・通学をする方がいなくなると、駅自体がガラガラになりますし、コロナ禍で駅ビルを含む大型商業施設は何度も休業しましたから、テナント店は自分たちの意思にかかわらず休業しなくてはなりません。それこそ仕事にならないな、と。 - ──
- 人流の変化の大きい象徴的な場所ですね。
- 長月
- 昔は朝まで営業していた居酒屋などがけっこうあったと思うんですけど、そういうお店が本当に商売にならなくなった。
- ──
- 『ただいま、お酒は出せません!』この小説のタイトルにこめた思いを教えてください。
- 長月
- お酒を出せない飲食店という状況がすごく衝撃だったんです。外出自粛はずっと推奨されていて、早く家に帰りなさい、飲食店も時間短縮営業してくださいというのは理解できたのですが、お酒まで禁じられるんだというのは正直びっくりしました。居酒屋さんなんかは商売にならないですし、酒屋さんも大変です。「お酒に合う料理」のように、常に飲食店はお酒ありきが前提でした。酔って騒ぐ人ばかりではないのに、ひとくくりに「お酒を出さないこと」に意味があるのかなと感じました。中には、お店で飲むことを愛するお客様もいます。何人もの方に「お酒は本当にダメなの?」と確認されたのが印象に残っています。
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- 小説の中では六花が、客に絡まれてタイトルのセリフを口にしています。
- 長月
- 実話です(苦笑)。そういうお客様がいる一方で、「お酒飲めるの?」とか、「ごめんね」と申し訳なさそうにお酒があるか訊ねる方がいらっしゃって、今まで当然のようにお酒を飲みながら食事をしていた人々が、「お酒を飲むことが後ろめたい」と思う世の中に変わったな、と寂しいような申し訳ないような気持ちになりました。やはりコロナ禍は人の自由を奪ったなと思います。
- プロフィール
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長月天音(ながつき・あまね) 1977年新潟県生まれ。大正大学文学部 卒業。飲食店勤務経験が長い。2018年『ほどなく、お別れです』 で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 他の著書に『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』『明日の私の見つけ方』がある。