弓を携えて三十間離れた的の前に立ち、まずは気息を整える。それから、箙(えびら)に立てられた矢を抜き、太郎は弓に番(つが)えて弦を引き絞った。 その様を見て、信方が顔を曇らせる。 ――緊張のせいか、構えが硬すぎ、矢先が定まっておらぬ。 傅役の見立て通り、太郎が放った一本目の矢は大きく的を外した。 それに動揺してしまったのか、次々と的を外し、最後の五本目でやっと的に当てる。しかし、真中丸には程遠い大外丸にかろうじて入っただけだった。 「うーむ、どうもいけませぬな。これでは試射の判定ができませぬ」 鏃(やじり)を外した矢を手に、飯田虎春が太郎に近づく。 「もう一度、構えを見せてくださりませ」 「……はい」 箙から矢を抜いた太郎は、慎重に弓に番え、ゆっくりと引き絞る。 「はいはい、弦を緩めて。まったく構えが定まっておりませぬ。もう少し肩の力を抜いて」 虎春は空矢の先で太郎の肩を叩く。 ――何たる無礼か……。 信方は眼を尖らせ、歯噛みする。それでも、声は出せない。 「では、もう一度、構えて」 指南役の言葉通りに、太郎は再び矢を番えて引き絞る。 「違いまする!」 虎春は甲高い声を発し、太郎の鏃を持ち上げる。 「少し上で矢を番えてから、すうっと引き絞る。放たれた矢の軌道を脳裡に描きながら、自然に矢先を下げていきまする。はい、鏃を揺らさない! もう一度!」 まるで弓箭の稽古を始めたばかりの童を叱るような態度だった。 虎春の傍若無人な指導が続き、信方の仏頂面が鬼面へと変わっていく。 「……これまで申し上げたことを反芻しながら、十本の試射を行うていただきまする」 「わかりました」 太郎はすっかり自信を失った顔で頷いた。 それから十本の試射に挑むが、四本しか的に当てることができない。やはり、真中丸を射抜いた矢は一本もなかった。 ――弓箭に対する苦手の意識が強すぎるのか、若は集中ができておらぬ。いつもはもっとましなはずだが……。 そう思いながら、信方はあることに気づく。 飯田虎春が甲高い声で喋っている時、太郎は常に顔をしかめている。 ――若はあ奴の甲高い声で集中できぬのではないか。……いや、集中ができぬほど、虎春が嫌いなのかもしれぬ。 「……勝千代様、あえて苦いことを申しますが、十本中四本の当たりではどうにもなりませぬ。しかも、ほとんどが的の端ではありませぬか。今の次郎様ならば、七本は的に入れ、調子が良ければ半分は真中丸に命中させまする。しっかりしてくださりませ」 「申し訳ござりませぬ」 「さあ、それがしが申した注意事項を頭に叩き込み、もう十本」 「わかりました」 太郎は懸命に矢を放つが、結果は似たようなものだった。十本中五本を的の端に当てただけである。