第三章 出師挫折(すいしざせつ)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「ならば、その伏兵の役、それがしにお任せいただけませぬか」
飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)が志願する。
「選りすぐりの荒くれ者どもを率い、敵に横槍を見舞うてやりまする」
「なんだ、兵部(ひょうぶ)。そなたの役目の方が面白そうではないか。それがしに譲ってくれぬか」
原虎胤がすかさず横槍を入れた。
「えっ!?……鬼美濃殿ぉ」
すがるような眼で、飯富虎昌が上輩を見る。
「まあ、早い者勝ちか。伏兵役は兵部、そなたに譲ってやる。されど、抜駆けなどするなよ」
そう言ってから、原虎胤は髭面を歪(ゆが)めて鬼のように笑う。
「抜駆けなど……滅相もござりませぬ。鬼美濃殿が一番槍をつけてから、攻め入りまする」
飯富虎昌が頭を搔きながら答えた。
「では、敵の退路を断つ役目は、それがしが率いましょう。短期の決戦を具申したのは、この身ゆえ」
原昌俊が最も危険で難しい役目に名乗りを上げる。
「待ってくれ、昌俊」
信方が口を挟む。
「そなたは陣馬(じんば)奉行として若と一緒に本隊を率いてくれぬか」
「この身では不足か?」
「違う。常に冷静なそなたと若で本隊を動かす機を判断してもらいたいのだ。敵の退路を断つ役目は、それがしに任せてくれぬか。頼む」
信方は膝に両手を置き、深く頭を下げる。
その姿を見て、一同が驚く。
「……そこまでされては、断るわけにはまいらぬな。御屋形様、それでよろしゅうござりまするか?」
原昌俊の問いに、晴信は頷(うなず)く。
「皆も異論がないようなので、この策で短期決戦に臨むことにする。小笠原を一気に叩こうぞ!」
「おう!」
一同も気勢を上げた。
この翌日、武田勢は若神子城を出立し、笹尾砦に後詰(ごづめ)を置いてから先達城を目指す。
城へ到達する直前に信方と飯富虎昌の部隊が離脱し、跡部信秋の先導で権現岳(ごんげんだけ)の麓へと向かう。
晴信は原昌俊、原虎胤らと本隊を率いて先達城へ入った。小笠原の先陣は武田勢の到着を知ったはずだが、そこから動こうとはしなかった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。