第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
それから、寄騎(よりき)の侍大将たちが待つ講堂へ入る。新たな方針を伝えた後、兵の編制について意見を募った。
「御屋形様、ひとつよろしいか?」
原虎胤(とらたね)が口火を切る。
「構わぬ、何なりと」
「その追撃隊とやらは、昼夜構わず敵の伏兵を追い回さねばなりませぬか?」
「そうなりそうだな。しかも、諜知の報告が届いたならば、間髪を入れずにすぐ」
「なるほど、見つけた土竜(もぐら)の穴をひとつずつ潰していくと……。ならば、一隊に一千はいりますまい。疾(はや)さと強さを兼ね備えた五百で充分と存じまする。それならば、本陣に十隊の編制ができ、昼であろうが夜中であろうが、土竜の尻尾を摑んで穴から引き摺(ず)りだせるのではありますまいか」
「五百の小隊か。されど、騎馬大将が足りぬ」
「夜討に備えるのは寄騎の大将にし、昼間の追撃隊には若い者を抜擢(ばってき)してはいかがにござりましょう。教来石(きょうらいし)や弟君など、本陣には活きのいい若武者が多い。五百を率いて敵の小勢を叩(たた)くのならば、実戦の経験としては申し分ありませぬ」
「そうだな」
「編制については、それがしと飯富(おぶ)にお任せくだされ」
「ああ、頼む」
「われらはここに残り、話を続けさせていただきまする」
原虎胤は陣馬奉行の加藤信邦と飯富虎昌(とらまさ)を中心に追撃隊の人員配置を決め始めた。
晴信は原昌胤を伴い、金堂へ戻る。
「昌胤、先陣の板垣(いたがき)に早馬を飛ばし、これまでの話を詳しく伝えさせよ。遣いは昌信(まさのぶ)がよかろう」
「承知いたしました」
原昌胤は使番の香坂(こうさか)昌信の処へ走った。
自ら戦を動かすと決めてから、晴信の下知は素早かった。
――さあ、どう動いてくる。いかような奇襲でも受けて立つぞ。
しかし、日没を迎えてからしばらくの間、敵も様子を窺(うかが)うように目立った動きはない。
子(ね)の刻(午前零時)を過ぎた頃、どこからともなく鉦(かね)や太鼓を規則的に打ち鳴らす音が聞こえ始める。それは昨日のように北側の山からではなく、先陣のある西側から流れてくるようだった。
その音に呼応し、千曲川(ちくまがわ)の南岸にある小牧山からも銅鑼(どら)や法螺貝(ほらがい)の音が響いてくる。
――今宵は先陣の気を昂(たか)ぶらせようという魂胆か。
南大門から外へ出た晴信は、南側の小牧山を見つめた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。