第四章 万死一生(ばんしいっしょう)12
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「さようにござりまする」
「下諏訪に残った武田の者は誰だ?」
「わかりませぬ。されど、嫌々ながら武田に従っている諏訪西方(にしかた)衆あたりに訊ねてみれば、すぐにわかるのではありませぬか」
「諏訪西方衆か。伊豆守、話ができるのか?」
「はい、書状のやり取りぐらいならば」
「では、いざという時のために粉をかけておいた方がよいかもしれぬな」
「承知いたしました。ついでに藤澤(ふじさわ)頼親(よりちか)あたりにも密書を送っておきまする」
「では、北信濃で寝返りそうな者はいるか?」
「それがしが耳にしたところによれば、須田(すだ)信頼(のぶより)が村上義清に城を明け渡せと迫られ、困っているとか、いないとか。あとは寺尾(てらお)城の清野(きよの)国俊(くにとし)かと」
赤澤経智は己が調べた北信濃の勢力について述べる。
「ほう、それは面白き話だな。須田城と寺尾城か。悪くない」
小笠原長時が顎鬚(あごひげ)をしごきながら笑う。
「では、伊豆守。本腰を入れて小県の戦況を摑め。その結果次第でいかようにでも動けるよう支度するぞ」
「御意!」
「信濃の守護が誰であるか、奴らに思い知らせてくれるわ!」
そう吐き捨て、小笠原長時は一気に盃を干した。
小県での合戦が膠着(こうちゃく)する中、松本平で新たな謀略が動き出そうとしていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。