第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
この評定を経て、越後勢は素早く動き始める。
先陣として本庄実乃の一隊が市村の渡しへ向かい、同様に柿崎景家の一隊が丹波島の北岸を封じた。
色部(いろべ)勝長(かつなが)の一隊は、西の小市へ向かい、敵の奇襲に備える。そして、村上義清と高梨政頼の一隊が、旭山の麓にある平柴台に野戦陣を構えた。
長尾景虎は善光寺横山の本陣に残り、旭山城攻めの様子を見ることにした。
翌日、新たな布陣が完了したことを確かめた後、早馬で旭山城攻めの命が下される。
「……われらが城攻めに廻されるとは、貧乏籤(くじ)を引かされた気分じゃ」
村上義清がぼやく。
「致し方ありますまい。越後の方々は、旭山城のことをよく知らぬのだから」
高梨政頼が顔をしかめながら答える。
「されど、あの山城に二千もの兵が籠もったのであれば、易々(やすやす)とは落とせぬぞ。まずは中腹にある大黒砦を奪い、そこに寄手の兵を溜められるようにしなければならぬ」
「まったくもって。足軽に楯を持たせ、二人並んで登らせましょう。門まで寄せたならば、丸太で門扉を突き破る」
「そうするしかあるまいな」
村上義清が旭山を見上げながら言った。
村上隊の寄手三百が平柴台から出発し、岨道(そわみち)を攻め上がる。中腹までは半里(二`)ほどだが、勾配のきつい坂道を矢避けの楯を構えた足軽が慎重に進む。
通常ならば、四半刻(三十分)で登攀できる距離だが、その倍以上の時をかけ、やっと中腹の大黒砦が見えてくる。
楯を構えた足軽が二列で進み、後方に丸太を抱えた者たちが続いた。
先頭の足軽が矢を警戒しながら砦門へ近づく。
その刹那だった。
壁の狭間(さま/射出口)から夥しい火花が飛び散り、炒豆(いりまめ)が弾けるような音が響き渡る。
いくつもの六匁玉(ろくもんめだま)が楯を貫通し、先頭の足軽が二人とも倒れた。
その後ろにいた足軽がすぐ異変に気づく。
「……ひ、ひええぇ」
楯を構えたまま後退(あとずさ)りする。
しかし、後方がつかえており、うまく下がることができない。
啖(たん)、啖、啖、啖!
そこに再び炒豆が弾ける音が響く。驚くべき数の鉄炮が火を噴いていた。
一枚板の楯では、六匁玉を防ぐことはできない。
「て、鉄炮じゃ! 砦から鉄炮を撃ってきとるぞ! 下がれ! 下がってくれ!」
身を屈(かが)めた足軽が無理やり後ろに下がろうとする。
寄手の列は総崩れになり、転げるように坂道を後退した。
大黒砦から釣瓶(つるべ)撃ちにされ、村上勢の寄手がほうほうの躰(てい)で平柴台へ戻ってきた。
「御注進! 砦への坂道は細く、両脇は切り落としになっておりますゆえ、足軽二人が並んで上りましたが、そこへ鉄炮が撃ちかけられました」
片膝をついた伝令が村上義清と高梨政頼に報告する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。