第三回
川上健一Kenichi Kawakami
水沼は口を開けたまましゃべるのをやめて考えを巡らす。クリエーターのひらめきが宿った表情だ。
「清涼飲料水……、北海道の大自然……、初恋……、フォークダンス……」
またつぶやく。いつか北海道へロケハンに行った時の景色が忘れられない。七月。夏だというのに大地は春のような若草色の緑に覆われていた。色とりどりのバラの花が満開だった。
店の引き戸が開く音がして、
「はい、おばんでした!」
「こんばんは!」
「おーい、どもども」
「いやいや、すんばらぐ、すんばらぐ!」
男たちの十和田弁訛りが賑やかに店内にどよもす。
「あ、どうも! いらっしゃいませ!」
カウンターの中から横ちゃんが素早く対応して挨拶を返し、
「おう、いらっしゃい!」
と山本が笑顔を向ける。
「オーマイガッツ石松! ツラツケナシ・トリオがいるではないか! モテないチミたち、またへっぺしの妄想話かね」
伝法寺のハルミちゃんこと工藤晴美がニヤニヤ笑って、カウンターにいる水沼と山田と小澤を茶化す。一緒に入ってきた男たちがどっと沸く。タコ滝内。サック三浦。マスタード田中。みんな高校の同級生だ。
「ツラツケナシはイガどだ、この投げオンジどあ。ホンジナシどばり揃って、よく迷子になんねがったなあ。大したもんだ」
と山田がやり返して水沼と小澤が笑い、やってきた四人と挨拶を交わす。
「じゃあ座敷に上がって。席用意してあるから。おっつけ次の電車でみんな来るだろうからさ」
山本に促されて、十和田弁の男たちは互いに肩を叩き合いながらドヤドヤと座敷に上がった。
デスクの電話が鳴った。電話の内線ライトが点滅している。
秋晴れの午後で、広告会社の社長室は景色同様に明るくさわやかな光に満ちている。
書類に目を通していた水沼は、老眼鏡を下にずらしてスピーカーホンのボタンを押す。もう少しで書類を読み終わるので、読みながら用件を聞こうとする。
「はい水沼です」
「社長、佐伯です。外線二番にワダテヒロさんかワダテヘロさんという方から電話です。この前の人みたいです。訛りがきつくてよく聞き取れないんですよ」
佐伯安里の特徴のあるかすれ声がスピーカーホンから飛びだす。うさん臭い電話だという声の調子だ。
- プロフィール
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川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。