第三回
川上健一Kenichi Kawakami
「何? おい、話聞いてるか?」
水沼の耳に、受話器から山田の鋭い声が突き刺す。
「分かった。行ぐど。クレージーキャッツC調大作戦『初恋父っちゃ・ジグナシツアー』」
水沼はきっぱりといってから回転イスを回してデスクに向き直る。
「よっしゃあ。もうコースは決めてある」
と山田は勢い込んで話し始める。
「まず函館に飛んでオープンカーを借りる。クレージーキャッツはオープンカーだ。それで北海道カントリークラブ大沼コースでラウンドだ。夜は函館で大宴会。次の日は夕張までドライブして夕張観光。で大宴会。その次の日は夕張から小樽(おたる)を見学してから余市(よいち)のニッカウヰスキーの工場見学、それで札幌に戻ってきてすすきのおねいちゃん大宴会。次の日は西海岸を北上して増毛(ましけ)見学してから留萌(るもい)で一泊。これも夜は大宴会。その次は増毛ゴルフ倶楽部でラウンドして旭川(あさひかわ)泊まり。もちろん大宴会つき。こんなに宴会ばっかりでエンカイ? ってなもんだな。ハハハハ。次の日は旭川周辺のゴルフ場でラウンドして東京に帰ると。どんだど、完璧な日程だべ?」
「何か忘れてないかい?」
「ん? おお、すすきのではおねいちゃんクラブに行く前に、これでもかカニたらふく宴が入ってるの忘れでらった。クラブに行く前にクラブ類を食う。なかなか洒落てるだろうが。さすがは俺だよなあ」
山田は悦に入って声を弾ませる。
「あのなあ、ツアーのタイトルはどこにも組み込まれていないじゃないか。肝腎の目的はどうなってるんだよ?」
「ん? おお、『初恋父っちゃ・ジグナシツアー』な! 夏沢みどりちゃんな! まがへろ。ちゃんとコースに入ってる。函館に着いた日に分かっている最後の住所さ行ってみる。それからのことは臨機応変だ。引っ越しした所がそったらに遠くねがったらそごさ行ってみる。遠くだったらツアーのコースを変更して行ってみる。臨機応変は我の得意技だ」
「臨機応変っていってる割りにはキッチリ日程が決まってるじゃないか? 何で夕張に行くんだよ?」
「あ、それは小澤のリクエストだ。あれは大の映画好きだから、なんたかた(どうしても)映画の町夕張を見たいってきがねんだよ。『幸福の黄色いハンカチ』が撮影された炭鉱の長屋が撮影した時のまま保存されていて、そこに行きたいってきがねんだよ。それに財政破綻した街の現状を見てみたいときたもんだ」
「ふーん。ニッカウヰスキーの工場見学は誰のリクエストなんだ?」
「俺だ。あそこにしかないっていうシングルモルトがあるそうだ。前々から飲んでみたいと思っていたんだ」
「なるほどな。増毛は?」
「俺と小澤のリクエスト。増毛には日本で最北の酒蔵があるんだよ。小澤はおねいちゃんと日本酒に目がないすけ、どうせ北海道さ行ぐんだばそごさ行がねば行ぐ価値がないってゴモゴモごんぼほるし、ほれで、あ、ほんだ、あそこには増毛ゴルフ倶楽部があるって気がついたんだよ。我、一回だけやったごどあるども、丘の上にあって全ホールオーシャンビューの最高の景色のゴルフ場だ。そこのな、十七番のショートホールをイガどさ見せたいんだよ。ティーグラウンドからグリーンを見ると、グリーンが真っ青な海と空に浮いているように見えるんだよ。絶景なんてもんでね。もう、茫然としちゃって、ティーショット打つの忘れて見ほれてしまうから。あそごばイガど小澤のバガコさ見へでやりたいのよ。絶対に感激するから」
- プロフィール
-
川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。