よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第三回

川上健一Kenichi Kawakami

 山田正雄のやつだと水沼は苦笑して、
「高校の同級生なんだ。東京にいるんだけど訛りが抜けないやつなんだよ。和田と申します、っていってるんだよ。ありがとう、出るよ」
 という。でたらめな通訳になったが嘘も方便だ。佐伯安里の懐疑心が解消されてモヤモヤがスッキリするだろう。水沼は外線二番のボタンを押す。
「はい、水沼です」
「おおい、初恋父っちゃ。我だ。へっぺしてらどが?」
 山田の声がスピーカーホンから部屋中に響き渡る。
「ちょっと待て」
 水沼は慌ててスピーカーホンのボタンを押して普通の通話に切り換える。受話器を取って耳に当て、
「お前なあ、いまスピーカーホンで受け取ったんだぞ。このホンツケナシ。ヘッペってガンガン鳴り響いて慌てたよ。携帯に電話しろってへったべせ」
 とやんわり抗議する。
「いがんべ。我も会社の電話でスピーカーホンだ。ヘッペって聞いても何のことだか誰もヤジぁねえすけ大丈夫だ。それよりも北海道さ行ぐど」
 山田は唐突にいう。
「出張か?」
「何へってらど、このホンジナシ。夏沢みどりちゃんに会いに行くんだよ」
「ええ!? 何でお前がみどりちゃんに会いに行くんだよ!?」
 水沼は驚いて思わずデスクに身を乗り出してしまう。
「大声出すなってば。俺の部屋はガラス張りなんだぞ。外の連中がこっちを振り向いてしまったじゃないか。夏沢みどりに会いに行くのは俺だけじゃないんだよ。お前と小澤も一緒だ」
「俺と小澤が一緒? 『山ゆう』でそんな話になったっけ?」
 三日前の父っちゃ杉沢を囲む会は、久し振りに同級生たちが集まっての楽しい飲み会だった。いつもよりは飲んでしまったが、記憶が無くなるほど酔ったということはなかった。そんな約束をした覚えはないと水沼は小首を傾げる。
「してる訳ねえ。昨夜決まった。お前夏休みまだ取ってないっていってたよな。来週一週間夏休み取れ。小澤と俺はオーケーだ。お前のために北海道へ一緒に行ってやる。お前は意気地なしだから、一人だと夏沢みどりちゃんに会いに行けないだろう? だから俺たちが一緒について行ってやる。持つべきものは金持ちの同級生だよなあ。俺じゃなくて小澤のことだけど。ありがたくって涙が出るだろう?」
 山田は早口でまくし立てる。早口でいう時は標準語になる。十和田語はのんびりした口調になってしまうので、早口には向かないのだ。
「ちょ、ちょっと待て。そんなこと急にいわれても、おいそれと返事できんよ」
 水沼は慌てふためいて受話器を持ち替え、反対側の耳に押し当てる。
「休めないのか?」
「いや、休めるけど一週間はきついな。それより、夏沢みどりに会いに行くったってどこにいるか分かんないんだぞ。どうやって探すんだよ?」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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