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S文庫広場
「イギリス・オウム紀行」
「イギリス・オウム紀行」 森達也

 これについては、9・11以後のアメリカを考えればわかりやすい。実のところアメリカ人にとっての9・11は、日本人にとっての地下鉄サリン事件ときわめて近い。どちらも過激な宗教組織によってなされた犯行であり、多くの遺族の悲しみや憎しみがメディアを媒介にして国民レベルで共有された。さらにほとんどのアメリカ人は、自分たちがイスラム原理主義者に憎悪される理由がわからない。つまり動機が不明なのだ。だからこそアメリカは9・11以降、不安や恐怖を強く喚起され、集団化が加速した。アフガニスタンとイラクをアメリカと自由社会への敵に設定したブッシュ政権は、国民の強い支持に背中を押されながら、自衛を大義に先制攻撃を仕掛けてこれを殲滅する。イラク侵攻の大義が捏造されたものであることは、ここに書くまでもないだろう。
 だから考えねばならない。なぜオウムはサリンを撒いたのか。言い換えれば、なぜ麻原はそれを決断したのか。これが『A3』のテーマだ。
 渡英前に大阪のテレビ局のディレクターから、オウムについてのインタビューをメールで依頼された。スタジオで話してほしいという。でも例によってその質問項目の多くは、アレフやひかりの輪が再び信者数を急激に増やしているとの間違った情報が前提になっていた。だから出演依頼は断りながら、『A3』は読んでくれていますかと僕は返信に書き添えた。でもこの質問に対しての答えはなかった。
 決めつけて申し訳ないけれど、たぶん読んでいないのだと思う。ならば出演時には、最初の段階に戻るしかない。アレフやひかりの輪は危険だろうかと大真面目で論議するレベルにリセットしたくない。そこには本質はない。本質は過去にある。過去を検証しないままに現在を論じても空しいばかりだ。
 京浜安保共闘が赤軍派と合流して連合赤軍を結成する直前、脱走した二人のメンバーへの処遇をめぐって赤軍派の森恒夫に相談した永田洋子は、粛清すべきと言われてさんざんに思い悩んだ末に実行する。初めての同志殺害だ。ところがその報告を聞いた森は、「あいつら本当にやっちゃったのか」的なことを言いながら、側近の坂東國男や植垣康博に嘆息したという(僕はこの話を植垣から聞いた)。ここから一連の同志殺害は起きる。でも確固たる意志はどこにもない。明確な指示系統もない。独裁的な指導者や残虐なカリスマはどこにもいない。。かつて日本はなぜ勝ち目のない戦争を選択したのか。それは誰の意志だったのか。誰に責任を帰すべきなのか。その結論が今も明確ではない理由は何なのか。
 こうした考察を日本はしない。目をそむけるのだ。それは今も続いている。

 オックスフォードの次はシェフィールド大学での『311』上映とトークセッション。なぜ『A』や『A2』ではなく『311』なのだろうと不思議だったけれど、『A』と『A2』はすでに授業で観せているということらしい。上映後のQ&Aで『A』『A2』『311』の関連を質問されて、「オウムによって集団化のスイッチを入れた日本社会は、311によってさらにその速度を加速した」と返答した。「絆」という言葉がその象徴だ。
 もちろん、繋がりたいとの思いを全否定することなどできない。人は弱い。一人では生きられない。他者との関係性の中で生きる。特に不安や恐怖を強く感じたとき、その思いは強くなる。
 それは当然のこと。人は集団と自分を切り離すことはできない。
 でも集団は時おり過ちを犯す。ありえない方向に暴走する。一人称主語を失うからだ。忖度や同調圧力が働くからだ。特に集団と相性が良い日本人はその傾向が強い。このメカニズムは地下鉄サリン事件が起きた要因のひとつでもあり、その後の日本社会が陥った状況のひとつであり、かつて勝ち目のない戦争に突き進んだ要因のひとつでもある。



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〈プロフィール〉
森達也 もり・たつや
1956年広島県呉市生まれ。立教大学卒業。86年テレビ番組制作会社に入社、ドキュメンタリーを中心に数々の作品を手がける。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とする映画『A』を、2001年には続編『A2』を発表。現在は紙媒体での執筆活動が中心。11年『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『放送禁止歌』『ドキュメンタリーは嘘をつく』『ぼくの歌、みんなの歌』『死刑』『オカルト』『すべての戦争は自衛意識から始まる』他多数。
A3 上
A3 上/森 達也

A3 上
A3 下/森 達也

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