よみもの・連載

2020年 特別企画
『パラ・スター〈Side 百花〉』『パラ・スター〈Side 宝良〉』
著者 阿部暁子さん インタビュー

 百花と宝良が出会ったのは、二人が中学二年の春。ぽっちゃりした体形を「モモ豚」と詰(なじ)られ、謂(いわ)れのないいじめを受けていた百花。ある時、体育館裏で三人組に罵声を浴びせられながら蹴られていた百花を救ったのが、宝良だったのだ。テニスさえあれば他はいらない、という孤高の宝良は百花を助けたかったわけではなく、「くだらないことばっかりやっているやつらも大嫌いだけど」、「あんたみたいな自分で戦おうとしないやつは、反吐が出るほど嫌い」だからだった。そのことをきっかけに、百花は宝良のことが気になって、挙げ句ストーカーまがいに宝良を追いかけるように。そんな百花を気味悪く思った宝良は、ストレートに百花に言う。「いい加減してよ!」と。「文句があるならはっきり言えば_」と。対する百花が口にしたのは「どうしたら、君島さんみたいになれますか?」だった。予想外の百花の言葉に拍子抜けした宝良が返したのは、「まず減量じゃないの」。
 この時から、百花と宝良の距離がゆっくりと近づいていく。宝良の日課である十キロのランニングにくっついて「死ぬ思い」で走ったことで体重も減り、宝良が行動を共にしてくれるようになったことで、いじめもなくなった。宝良が初めて「モモ」と呼んでくれた日のことは嬉し過ぎて日記に書き残した百花である。やがて、同じ高校に進み、二人でテニス部に入り、宝良は選手として、百花は宝良の応援団として、日々を送っていた。高校二年の秋、帰宅途中の宝良がトラックに撥(は)ねられるまでは。脊髄を損傷して、テニスプレーヤーへの道を断たれた宝良は、たった一人の家族である母親にも、親友の百花にも、心を閉ざしてしまう。そんな宝良の心を、半ば強引にこじ開けたのが百花だった。

──
『パラ・スター』は物語の中で、様々なことに気づかせてくれる物語でもあるのですが、私は自分の中にあった車いすテニスに対する偏見に、はっとなりました。百花に車いすテニスがあるよ、と言われた宝良が、あんなのはテニスじゃない、自分がやっていたテニスとは違う、と返す。『パラ・スター』を読むまで、私も宝良と同じように思っていました。でも、違うんですよね。言葉にするとばかみたいなんですが、車いすテニスはテニス、なんですよね。
阿部
私も、担当編集さんに手配していただいて、車いすテニスの取材をした時に、同様のことを感じました。多分、取材していなければ、そんなふうにおっしゃっていただける物語にはなっていなかったと思います。実は、車いすテニスの体験会にも参加したんです。その時点で、物語の骨格はぼんやりとできていたのですが、それは、自らの障がいに葛藤を抱えていた宝良が、車いすテニスを通じてそれを克服していく、というような内容でした。車いすテニスの体験会には、ジュニアの選手と、車いすテニスのナショナルチームを率いておられる中澤監督もいらしていました。中澤吉裕監督の指導を受けるジュニア選手たちのプレーを観ているうちに、あ、違う、と気づいたんです。車いすテニスをする障がい者、ではなくて、彼らは、車いすでテニスをしているアスリートなんだ、と。障がいに葛藤をもっている、というのは私の勝手なイメージで、彼らはそんなものは通り越して、ずっと遥か遠くを見ていました。車いすテニスで世界のトップを目指している子もいました。彼らは明るくて、堂々としていて、そしてとびきりテニスが上手(うま)い。私が勝手にイメージしていたようなあり方とは全く違うことを目の当たりにして、私はこのままのマインドではダメなものを書いてしまう、と思いました。私も自分の中の偏見に気がついたんです。そこで、それまで描いていたものを全て消しました。
──
足が不自由な人のためにアレンジされたテニス、ではないんですよね。『パラ・スター』を読むと、そのことがよくわかります。
阿部
実際に彼らのプレーを観ていると、球が高速すぎて見えなかったりします。車いすテニスはどんどん進化し続けていて、本当にすごいんです! ウィンブルドンなどのテニス世界四大大会の全てに車いすテニス部門があるのですが、一般テニスより車いすテニスのほうが、コートが広く見えるんです。ツーバウンドまでの返球が認められるというルールがあるので、選手はよくコートのライン外まですごい速度で駆けていくし、フェンスに激突することもあったりします。競技として、すごく見応えのあるスポーツなんです。
プロフィール

阿部暁子(あべ・あきこ) 岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』(刊行時『屋上ボーイズ』に改題)で第17回ロマン大賞を受賞し、デビュー。著書に、『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』『戦国恋歌 眠れる覇王』、「鎌倉香房メモリーズ」シリーズ、『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』などがある。

吉田伸子(よしだ・のぶこ) 青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

話題
沸騰!

パラ・スター〈Side 百花〉
親友で車いすテニス選手の宝良のために、最高の競技用車いすを作りたい! その熱意とは裏腹に、焦りばかりが募る新米エンジニアの百花だが……。

3月
19日
発売

パラ・スター〈Side 宝良〉
事故で車いす生活を余儀なくされた宝良。親友、百花の強引な誘いで車いすテニスと出会い、やがてパラリンピック出場を目標に掲げる。夢は叶うのか?

好評
発売中!

集英社文庫
阿部暁子さんの本

室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君
南朝の姫君、透子は北朝に寝返った武士、楠木正儀を連れ戻すため京の都に向かう。宿敵、足利義満や、猿楽師の美少年・世阿弥との出会いを経て、彼女が知った広い世界とは?