よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

 どっしりと腰を深く落として構えながら、二人の刺客に語りかける。
「今、おまん等と儂が殺し合うて喜ぶがは、おまん等の師じゃないきに。裏にあるものを良う見らにゃいかんち、おまん等の師にも言うたがぜよ。儂とおまん等の師は、この土佐の裏に潜んじゅう者等にとっちゃ、犬みとぉなものぜよ。儂と瑞山、どっちが相手に噛(か)み殺されるか、高みから見物しちゅう。おまん等の師は奴等に躍らされちゅうだけじゃ。目を覚ませち、今から戻って瑞山に伝えるがじゃ。おまんがこん国を変えたいち思うちょるんなら、儂はいくらでも力を貸すきに。そう伝えてくれ、頼むき」
「今更命乞いは見苦しいぜよ」
 小柄な方がつぶやいた。
「命乞いじゃと」
 東洋はそれほど気が長い方ではない。刺客の悪口を聞いた途端に、眉間と鼻の境目あたりでなにかが爆ぜた。
「解った。じゃったら、おまん等を斬り殺して、そん首持って今から瑞山んところに殴り込んじゃるぜよっ」
 叫んだ次の刹那には、大柄な方にむかって飛び込んでいた。いきなりのことで刺客の二人が構えた刀を握りしめる。
「そげん硬うなってどうするがじゃ」
 言いながら思いきり上段に振り上げる。恐れた刺客が、打ち下ろしに備えるように刀を額の前に置いた。刺客の動きを確認した東洋は、大上段に振り上げた刀をすぐさま中段まで下げた。当然、刺客は付いて来られない。刀を寝かせ、がら空きの脇腹目掛けて振る。
 いや、振れなかった。
 もう一人の小柄な方の刺客がなんとか反応し、東洋の腹へと刀を振るのが視界の端に見えたのである。刃を止めて、横に大きく飛んだ。臍(へそ)の脇あたりに微(かす)かな違和がある。目だけを落として見ると、その辺りの衣が裂けていた。
 斬られた。
 刀の構え方もなっていないような者に、浅手とはいえ斬られたことが、東洋をいっそう昂ぶらせる。
 目を血走らせて愚か者たちに怒鳴った。
「じきに屋敷から助けが来る。おまん等は儂には勝てんっ。逃げるなら今のうちぜよっ。どうじゃ、まだやる……」
 最後まで声が出ない。
 急に右の肩から先が消し飛んでしまった。なにかが砂利の上に落ちる音が聞こえる。刀だ。己が握っているはずの刀だ。落ちた刀よりも驚いたのは、右腕であった。だらしなく垂れる右手の指先が、立ったままだというのに地面に触れようとしている。
 斬られた。
 声が出ない。
 目の前には二人の刺客が立ったままだ。
 では何故斬られた。
 背後に目をやると新手が刀を握りしめながら震えている。人を斬ったことに怯えているらしい。
 三人目がいたことに気付けなかった己を深く恥じる。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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