よみもの・連載

城物語

第十話『兄ゆえに弟ゆえに(富隈城)』

矢野 隆Takashi Yano

「どうしたんじゃ兄者」
「済まんかったのぉ」
「なにがじゃ」
 謝れと言っていた弟が、戸惑うような声で問う。
「なにがもなんもなかろうが。わいが戦ん出るとわかっておりながら、おいは兵を送らんかった。済まんかった義弘」
「い、いや……」
 返す言葉を失っている弟に、なおも語りかける。
「兵がおればわいは無理をするじゃろうが。おいはわいを死なせたくはなかったとじゃ。そいは本心じゃ。じゃから豊久を行かせたとじゃ。わいに無理をさせんごとな」
「じゃっどん豊久は」
「おいが殺したとじゃ。わいを死なせんごとするために、おいは豊久を死なせるような命を下してしもうたとじゃ」
 義弘を死なせるなということは、豊久に死ねと命じたも同然である。ならば甥を殺したのは義久だ。駆け引きも建前も無く本心を曝(さら)け出せば、そういうことになる。
 それで良いのだ。
「じゃっどん義弘」
 頭を下げたまま続ける。
「わいの言う通りじゃ。わいが戦ってくれた御蔭で、島津の面目は立った。日和見を決め込んでおった訳じゃなかと言えるごとなった。そんだけじゃなか。おいが動かんことで、わいの独断じゃと家康に言えるようにもしてもろうた。わいが考えに考えた末に出した答えが、島津にとって最良のものになった。感謝しとるぞ義弘。こっからは政んために生きてきたおいの腕ん見せどころじゃ」
 謝意と礼、ふたつの想いを下げたままの頭に込める。
「わいはおいの宝じゃ。いや、おいだけじゃなく薩摩大隅の宝じゃ」
 頭を上げて弟を見る。
 鬼島津の目が潤んでいた。
「良う生きて戻ってくれた」
 弟の肩を摑む。
「おいがこうして島津の当主をしておれるとは、わいがおってくれるからじゃ。じきに忠恒に家督を譲る。そん時まで、おいば支えてくれんか義弘」
「兄者」
 義弘の頬を涙が伝う。
「わかり申した」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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