よみもの・連載

第4回「いきなり文庫! グランプリ」栄えある優秀作は、国仲シンジ『サイファー・ピース・ダンサーズ』だぁ!

吉田
私もこの作家は初めて読むんですが、うまいですよね。青春小説はなにを軸にするかが大きなポイントになっていると思うんですが、ここではストリートダンスが軸。あとがきを読むと作者は実際にダンサーとして活動していた方のようですが、自分が熟知している世界を描くと往々にして説明たらずだったり、飛躍しすぎていたりすることが少なくない。ところが、この作者はそれを説明ではなく物語に溶け込ませて読者に伝えている。これがうまいと思う。実はこれ、シンプルな話なんですが、そういうオーソドックスなものをきちんと書けるというのは素晴らしいですよ。
北上
あのさ、いきなり小説を離れてしまっていいですか?
江口
いいですよ(笑)。
北上
うちの次男が中学生のころ、ストリートダンスにはまっていて、家に帰るたびにビデオを見せられていたんだよ。これがヒップホップで、これがブレイキングで、とまず種類の説明をされて、ほら、ここがカッコいいでしょとか。
吉田
そうなんですね。北上さんはストリートダンスについての知識があった、と。ちょっと意外(笑)。
北上
いまから20年くらい前の話だけどね。ぼくが週に一回しか帰宅しなかったころだから、中学生の彼の、それが父親との対話だったのかもしれない。この小説を読んでそれを思い出したんで、すごく懐かしかった。ええと、江口くんはどうでしたか?
江口
主人公のユウ(悠一カ)が中学生のときにアメリカで優勝するところから始まるでしょ。えっ、いきなり世界一になるところから始まるのかよって、まず冒頭でびっくり。ここからどうするんだろうと思って読み進めると、一度ダンスをやめて普通の高校生になる。それが徐々にまたダンスに接近していくことになって、という展開が面白かった。
吉田
自分には才能がないって本人が思っているところがいいですよね。まわりにいる友人たちがみんな天才で、自分が足をひっぱっていると。ところが、まわりにいる友人からすると、ユウこそが天才だと。この思い込みのすれ違いをうまく物語にしているところがいい。
北上
注文もつけておきます。こういうマイナースポーツを描く場合、その詳細を知らない読者が多いわけだから、そういう読者に向かってもう少し親切に描いてほしかったと思うんだよ。
吉田
親切ってどういうことですか?
北上
審査員が点数をつけてダンスバトルの勝ち負けをきめるわけだろ。じゃあ、その場合のポイントはなんなのかとか、そういうことをもう少し描いてほしかった。たとえば、参考図書の『サクリファイス』は自転車ロードレースを描いた小説だけど、これを読むまで自転車ロードレースがどういうものかをまったく知らなかったので、びっくりした。個人戦の要素はあっても団体戦であること、しかもチームのエースを勝たせるためにほかの選手は犠牲になること――とか、えーっ、ということの連続で、しかもそれが説明ではなく、物語に溶け込んでいる。
吉田
その上、ミステリーとしても素晴らしいんですよね。でも近藤史恵さんと比べるのは酷な気がします。
江口
ぼくはこの『サイファー・ピース・ダンサーズ』を読んで、まっさきに思い出したのは森絵都さんの『DIVE!!』なんですが、今回読むのが3回目でしたけど、やっぱり超面白い。マイナースポーツを描いた傑作ですね。
北上
スワンダイブがすごいよなあ。両手をひろげて飛ぶだけの技なんだけど、あまりに美しいのでスワンダイブと呼ばれたという。ところが時代が進むともっと複雑で緻密な技がどんどん生まれて、スワンダイブは点数も低くなって、誰も飛ばなくなる。そのスワンダイブがこの小説に出てくるんだよね。
江口
どこに出てくるかは言わないでくださいね。ネタばらしになっちゃうから(笑)。
吉田
森絵都さんと比べられるのも、酷ですよ。
江口
そりゃそうだね。
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