-短編ホテル-「ドン・ロドリゴと首なしおばけ」

ドン・ロドリゴと首なしお化け

東山彰良Akira Higashiyama

 身なりのきちんとしたほうがゆったりした足取りで近づき、ぼくのそばにしゃがんで写真を突きつけた。それはあの日、ルーペ・カザレスが撮ってくれた写真だった。彼は写真のなかのぼく、つまり顔の上半分が切れているぼくを指さして「キエン・エスこいつは誰だ?」と尋ねた。それでマヌエル・ブランコを殺したのはこの男たちなのだと見当がついた。見当がついたからといって、状況がすこしでもよくなるわけではなかった。かろうじてぼくにできたのは、首を激しく横にふることだけだった。すると、くだけたかっこうの男が言った。
「写真に写っているこいつはここの制服を着ている。おまえも同じ制服を着ている。つまりこいつはおまえか、おまえの同僚だということになるな?」
 うなずくべきか、かぶりをふるべきかわからなかった。
 放心しているぼくを見て、男たちが顔を寄せてひそひそと何事かをささやきあった。ぼくは活路を見出そうと、あちこちに目を走らせた。だけど目に入るものといえば、石ころとサボテンと夕陽だけだった。男たちの背後に大きなユッカが一本立っていた。そのうしろに人影を認めるのと、結論に達した男たちがうなずきあうのとほとんど同時だった。
 くだけたかっこうの男がふたたび近づいてきて、写真のなかのぼくを指さして「これは誰だ?」と訊いた。
 ぼくは目を見張った。彼がぼくの目のまえでドン・ロドリゴの命を奪ったナイフをひらひらさせたからではない。ぜんぜんちがう。ぼくの目はあのユッカに釘付けになっていた。そのギザギザの葉陰から音もなく出てきた男は古ぼけた軍服を着ていて、そして頭がなかった!
 男たちはなにも気づかない。とりわけ、くだけたかっこうをしたほうは、ぼくが恐怖のあまり口がきけないでいるのだと思っているようだった。じっさい、ぼくは恐怖のあまり口がきけないでいた。口がきけないどころか、耳まで聞こえなくなっていた。くだけたかっこうの男の口が音もなくぱくぱくと動いている。そのあいだにも、首なしお化けは身なりのいいほうの男にむかってゆっくりと歩いていった。身なりのいいほうの男は、冷たい目でぼくを見下ろしていた。背後から近づいてくるものがいようとは、まるで思っていないようだった。
「おい」
 耳元で怒鳴られて、ぼくは跳び上がった。
「この写真に写ってるやつがおまえじゃないなら、さっさとこいつの正体を吐いちまえ」
 そう言って、くだけたかっこうの男が指を三本立て、それを一本ずつ折りながらカウントダウンをはじめた。
トレス
 ぼくはおろおろするばかりだった。口のなかは竜舌蘭畑の赤土みたいに干上がり、身なりのいいほうの男から目が離せなかった。その男の頭上に小さな雲ができている。はじめは蚊柱かと思ったのだけれど、そうではなかった。いずれにせよ、雲霞(うんか)のようなものが彼の頭の上にわだかまっていた。見ようによってはまるで子供向けのアニメーションに出てくる、どこまでも追いかけてくる意地悪な雷雲みたいだった。

プロフィール

東山彰良(ひがしやま・あきら) 1968年、台湾台北市生れ。9歳の時に家族で福岡県に移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で、作家としてデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞を、15年『流』で直木賞を、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。17年から18年にかけて『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞する。『イッツ・オンリー・ロックンロール』『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』『夜汐』『越境』『小さな場所』『どの口が愛を語るんだ』『DEVIL’S DOOR』など著書多数。訳書に『ブラック・デトロイト』(ドナルド・ゴインズ著)がある。