蝸牛ホテル─hôtel de escargot
平山夢明Yumeaki hirayama
部屋にはウルマとその仲間達、正確にはルシーフ、他のメイド、三人の男がいた。
「鍵が掛かっている」ウルマは冷たく云い放ち、キーリングに人差し指を掛けた鍵を前に出した。「説明をしたい、全ての。静かに聴いて貰えるのであればコウ君と一緒に寝室に居る者は静かに部屋を出ることができる。そして我々も此所を去る」
ノマは混乱していた。
「コウ!」ノマは叫んだ。
ドアの向こうから「ママ」と、くぐもった声が返ってきた。
「絶対にあの子に傷は付けさせないわよ。それだけは絶対に」
「勿論だ。我々は彼に掠(かす)り傷一つ負わさないことを約束する。但し、君が話を真剣に聴くというのが条件だ」
「いいわ」ノマが頷いた。
力が緩み、ノマは立ち上がった。
「手荒な真似(まね)をしてすまない。君はそのような扱いを受けるべきではないのだ。これは所謂、不可抗力だ。わかってくれ給(たま)え」ウルマが哀しげに呟いた。
男のひとりが椅子を勧めたが、痙攣したように頭を振った。「わたしは立ってる」ノマは手斧を全員に見えるように握り直した。
「そうかね」ウルマはテーブルの椅子に腰を掛けた。「いろいろな事が一気に起きてしまったんだ。君にも予想外だったろうが、私達にも想定外のことがあまりにも急にやってきて対応がスムーズにいかなかった。それをまず謝りたい」
「あんたたちはあそこで悪魔を召喚していたんでしょ。あそこは薄汚い魔女のサバトだわ。とても邪悪なものを、あなたたちは探し出して利用しようとしていた。違う?」
ウルマは下唇を噛んで頷いた。「その通りだ。君のいまのその表現が我々の云わんとしている事に最も近いかもしれん。だが、正確ではない」
「どういうことよ」
「君が云うように確かに我々は
悪魔
を探していたが、あそこは魔女の集会場ではない」
「私も魔女ではないわ」ルシーフが付け加えるとメイドがくすくすと笑った。
「信じられないわ」
するとウルマがポケットからメイド用の腕時計を取り出した。
「これは何かね?」
「変な機械!なんだか可怪(おか)しなものを見せたり、隠したりするものでしょ」
ウルマは頷いた。「その通り。我々はこれをビザリンウォッチと呼んでいる。ビジュアルとヒアリングに作用させる機械という意味だ。これを巻くことで蚊の口吻(こうふん)よりも細い針が体内に差し込まれ、ヘモグロビンと同サイズのナノマシンが送り込まれる。それによって視覚と聴覚を操作する。私の説明が虚偽でない事は既に体験済みだと思うがね」
呆気に取られたノマの表情にウルマは〈結構〉と満足そうに頷いた。
- プロフィール
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平山夢明(ひらやま・ゆめあき) 1961年神奈川県生まれ。94年に『異常快楽殺人』、続いて長編小説『SHINKER――沈むもの』『メルキオールの惨劇』を発表し、高い評価を得る。2006年『独白するユニバーサル横メルカトル』で第59回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。同名の短編集は07年版「このミステリーがすごい!」の国内第一位に選ばれる。10年には『ダイナー』で第28回日本冒険小説協会大賞と第13回大藪春彦賞を受賞。『ミサイルマン』『或るろくでなしの死』『顳顬草紙』『デブを捨てに』『ヤギより上、サルより下』『平山夢明恐怖全集』『大江戸怪談 どたんばたん』『華麗なる微狂いの世界』『あむんぜん』他、著書多数。