-短編ホテル-「錦上ホテル」

錦上ホテル

大沢在昌Arimasa Oosawa

 私は上野を見つめた。厳しい原稿とりで知られた上野の言葉とは思えなかった。
「追いつめられたら何かができる人と、追いつめられると何もできなくなる人がいます。作家の方の大半は前者です。しかし栗橋さんはちがいました。この人は追いつめられたら、死ぬこともあると思いました」
 上野がいった。栗橋は頷いた。
「アパートをでてからずっと、私はいつ自殺しようかと、そればかり考えていました。このホテルに泊まりつづけ、お金が底をついたら、電車にでも飛びこもうと決めました。そんなある日、家内が部屋を訪ねてきたんです。父親と話をつけた、もう少し小さな部屋に移ってくれたら、お金はいらない、いたいだけいてくれていい、といってくれたんです」
「条件はもうひとつありましたよ」
 婦人がいった。栗橋は頷いた。
「書くのはやめないこと。いつまでかかってもいい、気が向いたらでいい、また作品を書いてくれ、といわれました。そのときはだしてくれる出版社などないといっても、それでもかまわないから、と」
 私は無言で上野と目を見合わせた。
「できあがれば、だすとこはあるさ」
 伊多々田氏がいった。
「そうかもしれません。でも私は書けなかった。情けない話ですが、追われないとわかったとたん、書こうという気持が消えてしまったんです。そのときはっきりとわかりました。自分の器はここまでだ、と。底の見えない壺(つぼ)から才能をかきだし、作品にしてきた。その壺は空っぽになっていたんです。この上書かなければならないとなれば、クズのようなものしか書けない。そんなものを発表して仲間たちに蔑まれるくらいなら、死んだほうがマシでした」
 会場が静まりかえった。私と伊多々田氏、仇坂氏は黙っていた。それは「目高の会」に属していた全員が心秘(ひそ)かに思っていたことだった。
「そうこうしているうちに月日が過ぎていきました。居候でいるのがつらく、私はホテルの仕事をさせてくれと家内に頼みました。ただし『目高の会』の人がくるときは部屋から一歩もでない」
「『目高の会』を辞めるよう頼んだのはわたしでした。苦しんでいる主人を見ているうちに、これは本当に作家をやめると本人が決心すべきだと思ったんです。そのほうが皆様にもご迷惑をかけないし、本人も楽になるだろうから、と」
「それで『脱会届』を?」
 私の問いに栗橋は頷いた。

プロフィール

大沢在昌(おおさわ・ありまさ) 1956年、名古屋生まれ。79年、『感傷の街角』で第1回小説推理新人賞、91年『新宿鮫』で第12回吉川英治文学新人賞、第44回日本推理作家協会賞、93年『新宿鮫 無間人形』で第110回直木賞、2004年『パンドラ・アイランド』で第17回柴田錬三郎小、10年第14回日本ミステリ文学大賞、14年『海と月の迷路』で第48回吉川英治文学賞を受賞。著書に『毒猿』『絆回廊』など新宿鮫シリーズのほか、『欧亜純白』『烙印の森』『漂砂の塔』『悪魔には悪魔を』など多数。