第三章 出師挫折(すいしざせつ)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「されど、堯存殿のお申し入れと仲介は、まことにありがたい。この先、何が起きるかわかりませぬゆえ、その上伊那郡の方々には会うておきたいものだ。手を結ぶならば、直に顔を拝見し、意思を確かめておきたい」
「まことにござりまするか」
「主君に報告をするためには、そこまでしておかねばなりませぬ。もしも、本気で当家と結ぶつもりならば、先達城辺りまでお越しいただけませぬか」
「おう、先達城へ。それならば、高遠から遠くはない。藤澤殿はどうかわかりませぬが、高遠頼継殿だけでも大丈夫にござりまするか」
「そなたと高遠殿がお越しいただけるならば、それがしと原昌俊という奉行頭がお話を伺いましょう」
「わかりました。是非に、お願いいたしまする。それでは、これより兜山城へ向かい、このお話を頼継殿に伝えてまいりまする」
金刺堯存が満面の笑みで頭を下げた。
「度々、ご足労をおかけいたしまする」
信方も頭を下げた。
金刺堯存が若神子城を出た後、すぐに原昌俊のいる先達城へ向かう。そこで話の一部始終を伝えた。
「なるほど、下社と上伊那の者どもが、われらに与力か。こちらも似たような話だが、朗報もある」
原昌俊は守矢頼真との会談の内容を漏らさず信方に伝えた。
「守矢もわれらの側につくか。されど、禰々様と御子の件は、任せて大丈夫なのか?」
「それが必須の条件だと釘を刺してある。われらでは禰々様のことはどうにもならぬ。ここは内情に詳しい神長を信用するしかあるまい」
「そうだな」
「して、信方。そなたは与力を申し出た高遠頼継の狙いをどう見ている?」
「会うてみなければわからぬが、おそらく、上伊那の安堵と下社の支配が目的なのであろう。もっとも、それ以上を望まれても応えることはできぬ。申し入れを蹴るだけだ」
「さようか。どうやら、周囲の者どもは、われらに諏訪を攻めさせたくて仕方がないようだな」
原昌俊が冷笑する。
「こうなってみると、諏訪頼重には、まことに人望がないということがあからさまにわかる。若とは大違いだ」
信方が呆(あき)れたように呟く。
「まったくだ。われらは、その人望のなさを逆手に取ろう」
「そうだな」
信方は険しい面持ちで頷いた。
この翌日、金刺堯存と高遠頼継が先達城を訪れ、二人と面会した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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