よみもの・連載

雌鶏

第三章3

楡周平Shuhei Nire

   5

 主婦を対象に金を貸す――。
 説明を受けても、今ひとつピンとこない様子の森沢であったが、今や淀興業の利益の大半は、清彦が発案した手形金融によるものだ。
 大功労者にして、後継者として迎えた娘婿の申し出を、森沢が拒めるはずがない。
 実際、既に森沢は社長とは名ばかりで、淀興業を取り仕切っているのは清彦である。
 それでも森沢が社員の前では清彦を「婿はん」と呼び、舅然(しゅうとぜん)として振る舞うのは、出自や学のなさに対する劣等感の表れだと清彦は考えていた。
 かつて森沢自身が語ったように、財を成したとはいえ、所詮、博徒上がりの金貸しだ。しかし、帝大出の婿の義父ともなれば、世間の見る目も違ってくる。そう、森沢にとって清彦は己の力を知らしめる勲章となったのだ。
 森沢の仕事ぶりも大きく変化した。
 それは、ミツが第一子にして、森沢とクメにとっては初孫となる女児・櫻子を産んだことに起因する。
 巷間(こうかん)、「孫は目に入れても痛くない」と言われるが、森沢もその喩(たと)えに漏れない。
 毎朝八時に出社して来ると、執務席に座って社員の働きぶりに目を配るのは相変わらずだが、昼過ぎには櫻子会いたさに帰宅してしまうようになった。
「北原、ちょっといいかな」
 いつものように、森沢が帰宅したところで、清彦は北原を応接室に呼び入れた。
「なんでしょうか」
 ドア口に立った北原に正面のソファーを勧め、二人同時に腰を下ろしたところで、
「新しい商売を始めようと思ってな……」
 清彦は、足を高く組みながら切り出した。
「今度は、どないな事業を?」
 北原は、興味津々といった態(てい)で、身を乗り出してきた。
「主婦に限定して金を貸すんだ……」
 内容を聞くうちに、北原の目の色が変わって行く。
 そして、説明がひとしきり終わったところで、北原は感嘆するように言った。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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