よみもの・連載

雌鶏

第三章3

楡周平Shuhei Nire

 清彦は、ソファーの上で胸を張った。「きっちり返済がなされる限り、取り立て役の出番はない。利用者は淀興業に穏健、健全な金融業者という印象を抱く。それ以前に、金を貸す基準は亭主の勤め先だから、面倒な審査もいらない。銀行から金を借りるより遥かに便利、気軽な街金と映るようになるだろうさ」
「なるほどねえ……。ほんま、聞けば聞くほど、ようできた仕組みですわ。こら、ゴツい商売になりまっせ。間違いなしや!」
 北原は、興奮を隠そうともせず、声を弾ませる。
 そこで、清彦は持参していた帳面を広げ、北原の前に突きつけた。
「これは?」
「関西圏にある、一流会社の家族寮と大型団地の所在地だ」
 帳面に見入る北原に向かって、清彦は続けた。
「まずは、尼崎の製鉄所の家族寮から始めて、客の反応を見ることにするが、うまく行ったら、この赤字で書いてある地域で、順次店舗を開設することにする」
「順次って……。ここに書いてある地域に店を開いたら、従業員が――」
「足りないって言うなら、雇えばいいのさ」
 清彦があまりにも簡単に言うので、北原も驚いたらしく、
「雇えばって……」
 目を丸くして絶句する。
「この商売は信用が命だ。それと、スピードだ」
「信用……ですか?」
 意味が分からないとばかりに、北原は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。
「金を借りたことが、亭主はもちろん、他人に絶対知られることはない。もちろん、きっちり支払ってくれる限りはな。つまり、お互いが約束を守っている限り、厄介事は何一つ起こらないということが分かれば、安心感、信頼感に繋(つな)がるわけだ。ここまではいいな?」
 こくりと頷く北原に向かって清彦は続けた。
「もちろん、信用を得るのは簡単な話じゃない。しかし、信用に足りる相手だと分かれば、二度目、三度目は安心して使うようになる。他の街金が後追いしてこの商売に参入してきても、客は見向きもしないだろうさ」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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