よみもの・連載

雌鶏

第三章3

楡周平Shuhei Nire

「そやし、この商売は、ホンマに筋がええと思うんです」
 痛いところを突かれたらしく、北原は本題に戻しにかかる。「二十四日に財布が空になってもうても、翌日会社に行けば、現金が入った給料袋を渡されるんですもん。いや月給ちゅうのは恐ろしいもんだっせ」
「なあにが、恐ろしいだよ。お前がだらしなさ過ぎるんだよ」
 冗談半分、本気半分で返した清彦は、一転真顔になるといよいよ本題を切り出した。「ついては北原、お前にやってほしいことがある」
「なんでしょう」
「お前にこの商売の指揮を執ってもらいたいんだ」
「ワシがですか?」
 意外そうに問い返す北原に、
「そうだ」
 清彦は頷(うなず)いた。
「そら、やれ言わはるならやりますけど、商売が軌道に乗るまでは、副社長が仕切ったほうがええんとちゃいます?」
 北原がそう言うのも無理はない。
 巨額の利益を上げている割に、淀興業の従業員数が少ないのは、手形金融に手間がかからないせいだ。
 手形は記された額面と同等の価値を持つ金券である。もちろん不渡りになる可能性はなきにしもあらずだが、その時に備えてもう一枚、振り出し先が異なる手形を担保として預かっているのだ。
 しかも、手形金融を申し込んで来るのは、漏れなく中小企業で、手形の振り出し先の大半は大企業である。不渡りが発生することはまず考えられない。
 だから、ほとんど審査不要、即融資。二枚の手形と引き換えに、現金を手渡す。利子の計算だって単純なものだから、手形金融はミツが家庭に入ったのと入れ替わりで、新たに雇い入れた女性事務員と清彦の二人が担当し、残る社員は個人相手の金貸し業に専念している。
 だが、この商売の担当を北原に命じたのは、もちろん考えがあってのことだ。
「対象を主婦に限定することを除けば、元々淀興業がやってきた個人相手の金貸し業そのものだ。お前は、そっちの専門家だし、将来のためにもなると思ってさ」
「それ、どういう意味でっしゃろ。いまいち、意味が分かりませんが?」
「この商売は、デカくなる……。いや、なるはずなんだよ」
 清彦は北原の目を見据え、低い声で言った。「デカい商売になるってことは、この会社がデカくなるってことだろ?」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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