よみもの・連載

対談 桜木紫乃氏×東山彰良氏

対談 桜木紫乃氏×東山彰良氏

桜木
何も諦めようと思わなかったし、諦めないという点では自信があるんだけどね。彰良にいさんは諦めと表現したけれど、最終的に私の大事な仕事は肯定することだと思っている。親の生き方を肯定すること。子供の行く道を肯定すること。それは自分の肯定につながっていく。多分、親の生き方を肯定できたら、大人になれて、子供の生き方を認められたら、きちんと親になれるんじゃないかと。
東山
じゃあ、『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』をその視点から見てもいいですか? キャバレーで仕事をしている主人公のところに、いきなり母親が訪ねてきて、バタッと死んだ博奕(ばくち)打ちの父親の遺骨を置いていなくなっちゃうんですよね。
桜木
そうです。遺骨を置いてとんずらされたところから始まるんですけれども、親のことを恨んだり、自分の出自を嘆いたり、悲しんだりしていても始まらないじゃないかというところをいつも書いているような気がしますね。
そして、逆に親の最後の仕事って、格好よく死んでみせることだと思うんです。うちの母親は、私の名前すら忘れちゃっているんですけど、それもいいなと思って。彼女はつらい一生だったんだよね。うちの父親は女遊びもするし、博奕も打つしね。その点は『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』の出だしと同じなんですよ。博奕打ちの父親と、尽くしに尽くした挙げ句、夫が死んでせいせいしたという母親と……そんな感じの家なんですね。そういう親の下に生まれても、それはそれ。生まれ直して、自分の足で歩いていこうと決めたときにそばにいてくれる人もまた親なんじゃないかな、と。
その点で言うと、私にとって小説を書き始めたときに、書き方を教えてくれて、一から面倒を見てくれた編集者は、大分年下なんだけど、親だと思っています。
東山
そうですか。すごい。初めて聞きました、編集者を親にたとえるというのは。
桜木
小説らしいものを書けるようにしてもらったという点で、親のように思っている編集者はいますよ。いない?
東山
うーん、親のように思っている、か……。
桜木
そっか、東山彰良は最初から小説が書けたから。
東山
いやいや、そんなことはない。すごく信頼している人たちはいますよ。
桜木
そう、信頼かな。
東山
『俺と師匠と……』のころっと死んじゃうお父さんって、化けて出てくるほどもない明るい博奕打ちなんですよ。家族以外には愉快なやつだったんだろうなというのがすごく伝わってきます。でも、家族に対しては割とひどいことをやっている。借金のカタに女房に体売らせたり……。
桜木
私がよく使うネタですよね。
東山
それでお母さんが腹を立てるところが、その借金がたった三万円だったってことだったりするんですね。
桜木
このばかやろう、私を三万円ぽっちで売りやがってという。ああいうシーンを書くのが本当に楽しくて、今回はずっと最初から最後まで笑いながら書いたような気がする。
プロフィール

桜木紫乃(さくらぎ・しの) 1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年同作を収録した単行本『氷平線』でデビュー。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。他の著書に、『硝子の葦』『起終点(ターミナル)』『裸の華』『緋の河』など。近刊に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』がある。

東山彰良(ひがしやま・あきら) 1968年、台湾台北市生れ。9歳の時に家族で福岡県に移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で、作家としてデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞を、15年『流』で直木賞を、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。17年から18年にかけて『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞する。『イッツ・オンリー・ロックンロール』『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』『夜汐』『越境』『小さな場所』『どの口が愛を語るんだ』『DEVIL’S DOOR』など著書多数。訳書に『ブラック・デトロイト』(ドナルド・ゴインズ著)がある。