今回は警察小説。松嶋智左『流警 傘見警部交番事件ファイル』に決定!
- 吉田
- 私は物語自体はすごく面白く読んだのですが、南の抱えるドラマに加え、傘見の町で起きる事件、新しく赴任してきた変わり者のキャリア……、と読ませどころが多すぎる、というか、ちょっと盛り込みすぎな感じがしました。
- 浜本
- 確かに、盛り込みすぎなところはあると私も思いますが、警察小説の主人公を女性にした、というところは評価したいですね。あと、殺人事件は起こるんだけど、全体を通して陰惨じゃないのがいいと思いました。
- 吉田
- あぁ、警察の闇とか、そういうことはないですよね。
- 浜本
- うん、なんかこう、軽やかさがある。
- 吉田
- 新たに赴任してきたキャリア警視正・榎木は、しょっちゅう料理しているし。
- 浜本
- あの警視正、体力も腕力もないんですが、そこもいい。
- 吉田
- 料理の腕はいい(笑)。中華系が得意なんですよ。本書の最後に榎木が「今度、ファッチューチョンに挑戦しようと思っている」と言うんですが、その言葉に前のめりになりました。ファッチューチョン、ずっと飲んでみたいと思っているスープなんですよ。
- 江口
- 吉田さんはそこに反応するんじゃないかな、と思っていました(笑)。
- 吉田
- ファッチューチョンというのは、漢字で佛跳牆と書くのですが、あまりの美味しさに、お坊さんがお寺の壁を飛び越えてしまった、という有名なスープなんです。干しナマコや干しアワビ、フカヒレ、金華ハムや朝鮮人参といった高級食材をこれでもかと入れて作る。お高いのも納得、なスープです。
- 浜本
- なるほど。
- 江口
- 編集部調べによると、高級食材を使って手間暇かけているわりには、お雑煮みたいな味だという説があるそうです。
- 吉田
- え〜〜、夢が壊れるなぁ(笑)。
- 浜本
- 高級スープの話はさておいて、私がちょっと注文をつけたいのは、不倫が多すぎる点ですね。
- 吉田
- あぁ、言われてみると確かに。
- 浜本
- 不倫が三件、というのはさすがにちょっと……。
- 江口
- そのへんは、狭い町だということもあるんだと思いました。人間関係が密になってしまう、という。
- 吉田
- そして、狭い町だからこそ、あっさり露見してしまう。
- 江口
- 私は、先ほど浜本さんがおっしゃった、本書の軽やかさが一番の美点だと思いました。物語が自然な感じというか。
- 浜本
- 登場人物が多いのに、それがうるさくないんですよね。
- 江口
- そうなんです。
- 浜本
- 巻末に、作者の松嶋さんと黒川博行さんの特別対談が収録されていて、そのなかで黒川さんがクライマックスの土石流のシーンを評価されているんですが、私もあのシーンの緊迫感はすごいと思いました。
- 吉田
- あそこは迫力ありましたね。私はこの特別対談という企画がすごくいいな、と思ったんですよ。“いきなり文庫”に、こういう仕掛けがあるというのは、読者にとっての訴求力があると思います。お得感、がある。