よみもの・連載

今回は警察小説。松嶋智左『流警 傘見警部交番事件ファイル』に決定!

江口
オチがついたところで、次の参考図書に移りましょう。柚木裕子さんの『孤狼の血』。舞台は昭和63年になっています。
吉田
まず最初に、昭和63年って、こんなに昔だったんだ、と吃驚(びっくり)しました。ちょっとたとえがズレるかもしれませんが、私たちが若い頃に横溝正史を読んだ時に感じた“昔”感があるんです。今どきの若い読者が読むと、それと同様の“昔”感を感じるんじゃないかな、と思いました。
浜本
もはや歴史小説、という感覚かもしれないですよね。
吉田
ヤクザという存在が、社会でばりばりの現役。
江口
これ、暴対法ができる以前の設定なんですよね。だから、暴力団の抗争にリアリティーがある。
浜本
なるほど、そういうことか。
江口
“昔”感ということで言えば、編集部の若手は、本書に出てくる「ポケベル」に吃驚したそうです。
吉田
あぁ、ポケベルを知らない世代……。
江口
無線のようなものだと思ったみたいです(笑)。解説で茶木則雄さんが、この小説を女性の柚木さんが書かれたことを評価されているんですが、私はむしろ2015年、平成の時代に、昭和のこの空気感をリアルに描き出したことがすごいと思いました。
吉田
同じく解説では、本書は映画「仁義なき戦い」なくしてはあり得なかった、とあるんだけど、あの名作「仁義なき戦い」を活字の世界で再現した、というのはすごいことだと思う。
浜本
柚木さん自身が、「仁義なき戦い」をベースにした、と公言しているということは、それだけこの物語に自信がある、ということのあらわれでもありますよね。
江口
そう思います。そして、「仁義なき戦い」をベースにしつつも、全くオリジナルな世界を作り上げています。
浜本
ヤクザ世界の浪花節を、警察小説と巧く融合させているんですよね。
吉田
刑事の大上は、いわゆるダーティ・ヒーローなんだけど、彼がなぜ、新米の日岡に目をかけたのか、という背景に、ちゃんと浪花節的なエピソードをもってくるあたりとか。
浜本
柚木さん、出身は東北だったと思うんですが、本書に出てくる広島弁のこなれ具合もすごいですよね。
吉田
そう、そう。広島弁ならではの迫力と緊迫感がある。
江口
暴対法以前、昭和63年の広島、という設定がすごく効いているんですよね。物語の時代設定で言えば、『隠蔽捜査』が平成の警察小説の傑作なら、『孤狼の血』は昭和の警察小説の傑作だと思います。

角川文庫 文庫初版
2017年8月25日刊

『孤狼の血』 柚月裕子

あらすじ

昭和63年(1988年)、広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡秀一は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上章吾とコンビを組むことに。飢えた狼のごとく強引に違法捜査を繰り返す大上に戸惑いながらも、日岡は仁義なき極道の男たちに挑んでいく。やがて金融会社社員失踪事件を皮切りに、暴力団同士の抗争が勃発。衝突を食い止めるため、大上が思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが……。正義とは何か。血湧き肉躍る、男たちの戦いが始まる! 第69回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞作。

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