よみもの・連載

信玄

第三章 出師挫折(すいしざせつ)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「されど、頼重殿がなされたことは、密かに村上と通じ、佐久(さく)で当家に不義理をいたし、終いには仇敵(きゅうてき)であったはずの小笠原と内通し、御屋形様に刃(やいば)を向ける合戦に与力してしまった。片や、諏訪大社においては、依怙贔屓(えこひいき)がまかり通り、正論が封殺されている。そのような状況を見れば、われらの結論はただひとつ。頼重殿は諏訪をまとめられる器量ではないのやもしれぬ。少なくとも、武田家の盟友としては、狭量すぎる器。それが本音にござりまする」
「……そこまでご存じとは……返す言葉も……ありませぬ」
 守矢頼真は言葉を絞り出しながら項垂(うなだ)れる。
 ――少し言い過ぎであったかもしれぬが、まあ、これが守矢の本音でもあろう。では、仕上げとまいろうか。
 そう思いながら、昌俊は身を乗り出す。
「当方はここまで本音を申し上げたのだ。先ほどの問いに戻り、本音でお答えいただきたい。神長殿、もしも戦になるとしたら、そなたはいかがなされるおつもりか?」
 その苛烈(かれつ)な問いに対し、守矢頼真は眼を瞑(つむ)り、奥歯を嚙みしめる。覚悟を決めるために、しばらく黙っていた。
「……われら神長家は、武田家に与力いたしまする」
「神長殿、そのことはすでにわかった上で、ここへ来ておりまする。それがしが聞きたいのは、その先のこと」
「……先のこと」
「われらは御屋形様を理詰めで説得しなければなりませぬ。それゆえ、そなたも理詰めでお話しくだされ、与力とは何かということを」
「……わかりました」
 守矢頼真は覚悟を決めたように顔を上げる。
「合戦とならば、われらは上原(うえはら)城を預かることになると思いますが、戦わずして、それを武田家に差し出しまする。加えて、神長家の一統をまとめ、お味方をいたしとうござりまする」
「なるほど、それは心強い。して、その見返りに、何をお望みか?」
「見返り……。できれば、矢嶋満清とその一派である西方(にしかた)衆を駆逐し、われらに上社をまとめさせていただきたい」 
「その矢嶋とやらが頼重殿の子飼いならば、まとめて打ち破ればよい。されど、神長殿には、もうひとつ大事な役目を負うてもらわねばならぬ」
「なんでありましょう」
「禰々様とその御子を上原城に匿(かくも)うてもらいたい」
「御寮人様と御子を……。されど、その御二方は頼重殿と茶臼山(ちゃうすやま)の本城に入るはずにござりまする」
「それならば、密かに上原城へお移しする手立てをお考えくだされ。理由はどうとでも創れましょうて」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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