よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十四回

川上健一Kenichi Kawakami

「あんたはもう、本当にトイレが好きなんだから」
 ニット帽の女は涙を拭き拭き入ってきた。泣き笑いに顔が歪(ゆが)んでいる。「泣いているんだから笑わせないでよ」
 背中を丸めてポーチをまさぐり、新しいティッシュペーパーを取り出した。ティッシュが少ししかない、と口を尖(とが)らせた。
 への字目笑顔の女がすぐに水沼に気づいて、あら、と驚いて軽く口を開いた。それから小さくお辞儀をした。真っ直ぐに水沼を見つめた。笑みを浮かべた頬に赤味がさした。うれしそうだ。水沼も彼女を見つめた。胸が躍って笑みがこぼれた。挨拶をしようと口を開きかけると、
「あれえ?」
「おお! パーキングエリアで会った人たちだ」
 小澤と山田が水沼より先に声を上げてしまった。
「あらまあア」
 ジーンズ女が水沼たちに気づいて大きな目を丸くしてもっと大きくする。「また会っちゃったア、ってエ、あんたたちストーカーなのおオ? 私たちを追いかけてきたってことオ?」
「どんまだ、イガど、たまげだメゴイだおの。なんもかもまだ会いだがったのっせえ」
 山田の声が楽しそうに弾む。
「はん? 何ていったのオ? ねえ、あんた、標準語に訳してよオ」
 とジーンズ女は小澤に助けを求めた。パーキングエリアで山田の十和田語を標準語に訳してくれたことを忘れていなかった。
「はいはい。こいつはこういってます。そりゃそうだよ、あなたたちってとっても魅力的なので、どうしてもまたお会いしたかったんだよ、ということですね」
 小澤は山田の調子に合わせて抑揚をつけて言葉を躍らせた。それからニット帽の女に熱い視線を送った。彼女は目頭を拭くのに忙しくて小澤の視線に気づかなかった。
「でしょうね。でも行く先々でそういわれるからもう聞き飽きたわア」
 ジーンズ女は気取っていった。
「もう、よしなさいよ、タマエ」への字目笑顔の女が苦笑してから、「この方たちが先にここへ来ていたんだからストーカーではないわよ。すみません、失礼なこといって」
 とまた水沼を見て軽く会釈した。
「またお会いしましたね。みなさん夕張観光ですか?」
 と水沼はいった。
「ええ。北海道に旅しようということになって、それでモッチが、彼女なんですけど」ティッシュペーパーで涙を拭っているニット帽の女を指さして、「映画が大好きで、映画の街の夕張を見たいというのでルートに組み込んだのです。あなた方も観光なんですか?」
「ええ、まあ」
 と水沼は言葉を濁す。
「いいから早く座ろうよオ。あっちへ行こう、ボックス席イ。ちゃんと話を聞いてあげるからさ、モッチぃ」
 とジーンズ女がニット帽の女の腕を取って引っ張っていく。すみません、失礼しますとへの字目笑顔の女が軽く頭を下げた。女たちは水沼たちの斜め後ろのボックス席に座った。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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