第十四回
川上健一Kenichi Kawakami
「どうして分かったんですか? ええ、その子です」
水沼は参ったなと苦笑いを続ける。
「やっぱり。直感です。『マイムマイム』のエピソードを話してくれた時と同じでとってもうれしそうに話すんですもの。たぶんそうだろうとピンときました」
「水沼、お前この、いつの間にみどりちゃんのこと話したんだ? その女の子はこいつの初恋の相手なんだよ。このバガッコはジグナシだから告白できなかったんだけどね」
山田は鼻で笑った。
「はん? ジ・グ・ナ・シ、って何イ?」
ジーンズ女は一字一字はっきりという。
「意気地なし、ってことだよ」
と山田が応えてジーンズ女が口を開きかけたその時、店内に懐かしの映画音楽『踊り明かそう』が流れ始めた。すると、
「待ってましたあ! マキちゃん!」
「いやあ、たまげだあ! イヨッ、大統領!」
「きれいだよ! ママ!」
と突然の絶叫、蛮声、奇声。パン! パン! パン! と連続する乾いた破裂音。水沼はびっくりして反射的に身をすくめてしまった。破裂音の方向に顔を向けた。カウンターに座っている男たちが破裂させたクラッカーを手に立ち上がっていた。色とりどりのテープが花火のように派手に飛び散っている。「エエ!? こんなのあり!?」「嘘(うそ)みたい!」「うわあゴージャス!」他のボックス席からも拍手喝采が沸き起こった。
「キャー! 素敵! 『マイ・フェア・レディ』!」
とニット帽の女が、
「すごい! オードリー・ヘプバーンだ!」
と小澤が、二人同時に尻に火がついたように勢いよく立ち上がって絶叫した。
店の出入り口にスポットライトが当たって、映画『マイ・フェア・レディ』の有名なポスターと同じ衣装のオードリー・ヘプバーンが出現していた。刺繍(ししゅう)をほどこしたサテンの白地の身体(からだ)にピッタリフィットしたドレス。肩から胸にかけて大きな白黒のリボンがあしらわれている。蓮(はす)の葉ほどもある鍔広(つばひろ)の白黒の帽子を斜めに被り、広い鍔には赤い花々が広がっている。スラリとして背が高い。バカでかい帽子のせいもあって全身が二メートルもありそうに見える。オードリー・ヘプバーンに似せて、赤い唇、濃くはっきりとした眉毛、黒い縁取りのパッチリとした目が艶然と微笑んでいる。『踊り明かそう』の明るい歌声が流れる中での圧倒的で現実離れした出現に、店内の空気が華やかに一変した。
- プロフィール
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川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。