よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十七回

川上健一Kenichi Kawakami

 いきなり、あ、と無遠慮に驚いたかすれ声が降り落ちた。水沼と彼女はすぐに反応して見上げた。視線の先で山田が目を丸くしてテーブルの上の二人の重なり合った手を見て固まっている。いつの間にかテーブルの横に山田が立っていた。彼女は山田の視線に気づいて手を引いた。山田は顔をしかめて無理やり笑いを作った。うろたえた落ち着きのない目線。まずったなあと目がいっている。
「いや、そのオ、邪魔するつもりはなかったんだけど、あー、ゴメンな、そんなことになってるなんて気づかなくて。続きをやってくれ、俺は消えるから。これ部屋の鍵。俺、小澤の部屋で寝るからそっちの鍵ちょうだい」
 と山田はキーを差し出す。
「何だ、その気を回したしゃべり方は」
 水沼は苦笑した。彼女は口を手で隠してクスクス笑っている。山田はなにやらいいかけて口ごもった。
「いきなり突っ立っているからびっくりするじゃないか。どこから現れたんだよ?」
 と水沼はいった。山田はあっちとフロントとは反対方向を指さした。大きな観葉植物があってその向こうの照明は落ちている。フロントを通らず、関係者だけが知っている出入口からやってきたらしい。
「あー、気まずいオーラを感じているのは俺だけか?」
 と山田は二人を交互に見ていった。
「お前だけだよ」
 と水沼はいった。「勘違いするなよ。カノコさんの手を握っていたんじゃない。カノコさんが俺の手の上でドラムを叩いてくれてたんだ」それから水沼はいきさつを説明したあとにいった。「想像の中なんだけど、本当に目の前で、中学生の夏沢みどりがドラムを叩きながら歌ってたなあ。彼女に会う旅とはこのことだったのかもしれないって気がしたよ」
 水沼はへの字目笑顔の彼女に笑いかけた。
 彼女は小さく首を振った。「いいえ。初恋の彼女さんにきっと会えますよ」
「ママさんとのつもる話はどうしたんだ? もう終わったのか?」
 と水沼は山田を見上げていった。
「アッという間。見つめ合えば分かるってやつだな」
 と山田は気取った。
「けんもほろろってことか。ウエイターが気にかけてずっと見てるぞ。座るのか座らないのか、どっちなんだ?」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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