よみもの・連載

軍都と色街

第六章 大阪 和歌山

八木澤高明Takaaki Yagisawa

天王新地の娼婦


 阪和新地跡から五分ほど走ると、タクシーが止まった。
「ここですよ。ここから細い路地を入ってください。向こうに店がありますから」
 車が入るのは難しい狭い路地の向こうにぼんやりと明かりが見えた。路地の中では三軒の店が消え入りそうなロウソクのようにかろうじて営業していた。
『中村』と書かれた看板のある店の入り口では、野球帽を被った男と店の女が何やら話している。
 しばらくして、話がまとまらなかったのか、男が店を離れた。後ろから男に声をかけてみた。
「ここは今も遊べるんですね?」
 年の頃、五十代半ば、一日の労働を終えて立ち寄ったという風情の男は、特に訝(いぶか)しがることもなく話してくれた。
「そうや。ここは今も飛田みたいに遊べるんやわ。店の数は比べものにならんけど、せこせこしていないのがここのいいとこやな」
 そう言うと、男は次の店へと薄暗い路地の中を歩いていった。

 私は、店に入り、娼婦から話を聞いてみたいと思った。
 先ほどの『中村』の一階には二十代と思われる娼婦と遣り手婆の姿があった。引き戸をあけて、「ちょっと遊びたいんですけど」と、娼婦に声を掛けた。すると、彼女はなぜだか驚いたような顔をして、二階に上がるように言った。
 布団が敷かれた四畳半ほどの部屋に入ると、彼女は、「話していたのは連れの人?」と話しかけてきた。
 先ほど、話しかけた野球帽を被った男と私が一緒に来たと思ったのだ。
「さっき、たまたま話をしただけだよ」
 と、言うと、「そうよな」と、何やら納得したような表情をした。
「お金をいただいてもいいですか?」
 一万円を渡しながら、「セックスはいいので、話だけ聞かせて欲しいんです」と、告げると、
「えっ、まじで。それは嬉しい」
 と、笑みを浮かべた。
「最近、景気はどうなんですか?」
「見ればわかるやろ、少ないわ、一日一人か二人やな。今日もあなたが来るまでゼロだったんよ。お茶をひかんでよかった」
「この仕事だけだと厳しいですね?」
「そうやな。ここで働くのは週に三日。昼間は普通の仕事をして、それ以外の日はデリヘルでも働いているんよ。だけどここは働き場所としてはええよ。私は大阪の出身なんで、飛田には面接だけ行ったけど、若い子が多いし、競争が激しいから無理やと思った」
「大阪から和歌山に?」
「そうなんよ。夕方から夜中まで働いて、朝になったら電車で帰る」
「働くきっかけは、何だったんですか?」
「もともと大阪のバーで働いていたんだけど、そこで働いていた子が、ここのことを知っていたのよ。それで働いてみたらって言われて、来るようになった」
 ここ天王新地は、大阪の飛田などと比べればのんびりとした空気が流れている。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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