第一回優秀作決定、堀川アサコ『定年就活 働きものがゆく』!
- 吉田
- 最後は眼科ですよ。眼科の先生から電話がきて受付業務の仕事につく。
- 北上
- そうかあ。あれは正規雇用、それともアルバイト?
- 吉田
- どっちだったかなぁ。
- 北上
- アルバイトのほうがいいんだけど(笑)。そのほうがテーマが際立つ。
- 江口
- ええと、どっちかは書いていませんね。
- 北上
- じゃあ、アルバイトということにしよう(笑)。
- 吉田
- 私の意見を言っていいですか。
- 江口
- お願いします。
- 吉田
- これはたしかに高齢者の就活の話なんだけど、実は母親と娘の、つまり妙子と真奈美の母娘小説ではないかと思いました。母娘小説というか、母娘卒業小説というか。それまで娘ときちんと向き合ってこなかった妙子が、“孫”ができたことで娘と向き合い、そこでやっと母親の役割に一区切りつけることができたのかな、と。
- 北上
- ほお。そういう読み方もできるね。おれはね、「アイドルちゃん」がなぜこの物語に必要なのか、そこにヒントがあると思う。
- 吉田
- どういう意味ですか?
- 北上
- 普通に考えれば、物語に必要ないよねこの子は。ところが最後にもう一度、伝聞として登場する。フォークリフトを操って仕事をしている姿が読者に提示される。つまり仕事というものがここで改めてクローズアップされるわけだよ。
- 江口
- 両方ともあるんじゃないですか。
- 北上
- うっ?
- 江口
- 吉田さんの言うとおり、母娘小説の要素はあるし、もちろん北上さんの言うとおり仕事をテーマにした小説でもあると。
- 北上
- そうか。すぐれた小説にはいろんな要素があるものなんだ。
- 江口
- 中盤から、妙子は孫との同居生活を始めるじゃないですか。これはそういう同居小説でもありますよね。
- 吉田
- だから母親であることからの卒業=定年小説でもある。
- 北上
- これさ、おれは知らなかったんだけど特別養子縁組制度が変わって、それまでは6歳未満の子に限られていたのが、法律が変わって15歳未満になったと。つまり、あくまでも子供主体に考えると、親を切実に必要とするのは6歳未満に限らず、13歳でも14歳でもまだまだ親を必要としているということだよね。ここに登場する15歳の瑠希は真奈美夫婦が養女とする少女。こんなにいい子が世の中にいるんだと最初は感心していたけど、その背景には、いい子でいる必要があったと。そういう哀しい現実があるんだよね。この作者がうまいのは、それを説明しないで読者に感じさせること。
- 江口
- うまいところは他にいくつもありますよ。たとえば、花村妙子は最初からキャラが立っているでしょ。冒頭がなんというのかな給湯室トークというのか、トイレの中で後輩たちの話を聞くシーンがあるでしょ。こういうのリアルでもあるんですよ。トイレから出られなくなるの(笑)。
- 北上
- なんの話だよ(笑)。