よみもの・連載

第5回「いきなり文庫! グランプリ」優秀作に、長月天音『ただいま、お酒は出せません!』を選出

江口
ヒロインの鈴木六花が働くカジュアルイタリアン・レストランはチェーン店なんで、食べ物を作ることの苦労とかそういう風景は描かれない。それよりもそこで働く人の苦労とか、職場の仲間との光景に焦点が合わされている。
北上
店長との微妙な関係がいいよね。
吉田
昔は、もしかしたら結婚するかも、という微妙な関係だったのに、その後も男女の関係にはならずに、仕事の相棒というか、今は、一緒に店をまわしていく同志のようになっています。
江口
要するに、職場の仲間ですね。
北上
ええと、それでは参考図書について少しだけ触れておきましょう。まず、中島久枝『一膳めし屋丸九』。時代小説ですが、これはいいねえ。シリーズになっていて、今回の参考図書はその第1巻なんですが、この第一話を読んだだけで、これが最終候補なら年間グランプリを受賞するのでは(笑)、と思ってしまったほど素晴らしい。
吉田
うまいですよね。
北上
時代小説で食べ物を描いた作品ということでは、山本一力さんが有名で、傑作『だいこん』は特に忘れがたい。あの名作を久々に思い出しました。
吉田
これ、日本橋の魚河岸の近くにある一膳めし屋を舞台にした小説ですが、物語のなかで語られる言葉がいいんですよ。
北上
言葉って何?
吉田
65ページに「百姓の来年」っていう言葉が出てくるんですよ。要するに、畑仕事はお天道さんが相手だから、こちらの思うようにはいかない。だけど、いちいちがっかりしていたら、やっていられない。来年はきっといい年だ、そう思って耕すんだと。それを「百姓の来年」と言うんですって。いい言葉ですよねえ。
北上
いいねえ。
吉田
あと122ページ。「しくじりのない人生なんてないんだよ」ってあるでしょ。これもいいなあ。
北上
そのページ、おれも折ってた(笑)。
江口
私はこの「丸九」にハマってしまった常連客の一人でして、シリーズの既刊は全巻読みましたけど、そういう記憶に残るフレーズが多いですよね。
北上
全巻読んでるの? きみは偉いなあ。じゃあ、一つ質問していいですか。
江口
いいですよ(笑)。
北上
このシリーズに一つだけ懸念があるんだよ。一膳めし屋だから、料理はシンプルだよね。たとえば、いわしの生姜煮(しょうがに)にみそ汁に小皿が一つとか。それがとても美味しそうに描かれているから素晴らしいんだけど、巻を追うごとに単調にならないか。これからおれも読むから、詳しくは言わないでね(笑)。大丈夫かどうかだけ(笑)。
江口
大丈夫です(笑)。
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