第5回「いきなり文庫! グランプリ」優秀作に、長月天音『ただいま、お酒は出せません!』を選出
- 北上
- それでは次の参考図書にいきましょう。ええと、原田ひ香『三人屋』。以前読んだけれど内容を忘れていたんで、面白かったなあ(笑)。ほのぼのとした話かなあと思っていたら、全然ほのぼのしていない。結構激しいんだよな。やっぱりうまいなあ、原田ひ香。
- 江口
- 朝がモーニングセットが評判の喫茶店。昼はうどん屋、夜はスナックという変わった店なんですが、スナックを経営する長女がぶっ飛んでるでしょ。
- 吉田
- 三姉妹小説と食べ物を結び付けたところがうまいですよ。あと、スーパーの跡取りの大輔という男がいい。若いときに長女と駆け落ちする男。彼がいい味を出している。
- 江口
- あれはいいなあ。
- 吉田
- 『三人屋』の文庫解説がまたいいんですよ。北大路公子さんが書かれているんですが、これが素晴らしいんです。
- 江口
- うまいですね。
- 北上
- それでは参考図書の三冊目。井上荒野『キャベツ炒めに捧ぐ』。これは『一膳めし屋丸九』『三人屋』とは違って、飲食店ではなくお惣菜屋を舞台にしたもの。
- 江口
- これも三人の女性ですね。今回の参考図書はすべて三人の女性小説です。
- 北上
- ええ、本当かよ。『一膳めし屋丸九』もそうだったけ?
- 吉田
- そうですよ。
- 江口
- 女主人がお高。先代の時代から働いているお栄。そして若くて元気あるお近、の三人です。
- 北上
- 本当だ。
- 吉田
- 三人というのは書きやすいんじゃないですか。性格を書きわけるときも、三人のほうが役割分担できるし。
- 北上
- その『キャベツ炒めに捧ぐ』ですが、これ、もちろん単行本が出たときに読んでたと思うけど、再読してどうですか?
- 吉田
- 単行本が出たのは11年前なんですが、そのときは私、まだぎりぎり40代だったので、おばあちゃんたちの話ね、と思ってた。ところが今、私、ここに出てくる女性たちと同い年になってるんですよ(笑)。自分と同世代小説として読むと、ひとつひとつのエピソードがリアルに染みる、染みる。
- 北上
- 他人事ではないと。あのさ、一つ聞いていい? このお惣菜屋小説、経営の苦労があまり描かれてないよね。そこを描かないのは確信犯? いや、うまい小説だと思うんだけど、個人経営の店だから、経営の問題を抜きにはできないよね。
- 吉田
- オーナーの江子はお金に困ってないという設定じゃないですか。
- 北上
- あっ、そうなの?
- 江口
- 今の家も別れた夫が買ってくれたものだし。
- 吉田
- その別れた夫に江子が何度も会いに行ってしまう気持ちを理解できるか、それはちょっと未練を引きずりすぎ、と思うかで、読者の印象は変わるかも。