よみもの・連載

第7回いきなり文庫GP座談会

江口
さて。民宿、旅館、ときたので、次は寺地はるなさん『ミナトホテルの裏庭には』です。
吉田
ホテルというのは、作家さんにとって、すごく惹かれる舞台装置なのでは、と思うんですよ。江國香織さんの『ホテル・カクタス』しかり、栗田有起さんの『オテル モル』しかり。『オテル モル』は、心地よい眠りを提供する会員制ホテルのお話でした。『ミナトホテルの裏庭には』は、ホテルの物語というよりは、ホテルの経営者のお話です。
江口
不思議な読み味の、いい小説で、私は好きですね。
吉田
文庫化に際して、スピンオフの短編「魔法なんてここにはない」が収録されているんですが、これがもう、めちゃくちゃいい。
浜本
単行本には入っていないんですね。
江口
そうです。
浜本
この一編が効いてますよね。これがあるとないのとでは全然違う。単行本を買った人でも、この文庫は買った方がいいと思う。
吉田
私、この物語の中に出てくる「我儘書道」というのがたまらなく好きなんです。ミナトホテルの経営者だった陽子さん、物語の視点人物である芯輔の祖父、他には美千代さんと福田さんの四人からなる互助会のような集いで、「会員の我儘には全員でつきあわなければならない」というルールがある。ある時に行われたのが「我儘書道」。美千代さんの書いた「洗濯物を畳みたくない」という書がたまらない。美千代さん、私もです!(笑)。

江口
次に行きます。阿部夏丸さん『泣けない魚たち』です。こちらは、釣り繋がりで選びました。
浜本
『オグリの子』を書かれた方ですよね。
江口
そうです。
吉田
「かいぼり」「金さんの魚」という短編と、中編の表題作、3編が収録されていますが、表題作が良かった。坪田譲治文学賞受賞、に納得です。
浜本
少年の冒険譚(たん)ですよね。サツキマスという魚を追う。
江口
読んでいると、自分の少年時代を思い出しますよね。
浜本
スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』を彷彿(ほうふつ)とさせます。和製『スタンド・バイ・ミー』。
吉田
私はこの物語に登場する先生が良かったな。大学で「魚は、泣けるか泣けないか」という研究をしていた、と主人公に語る先生。この先生の言葉が、終盤に主人公が「魚だって泣くよな」と大泣きするシーンにつながっている。
浜本
いい本ですよね。単行本の刊行は一九九五年なので、三十年近く前なんですが、今読んでも、いいですね。
吉田
文庫は二〇〇八年に刊行されているのだけど、版を重ねて、今手元にあるのは、二〇二一年十三刷のもので、こういう物語が読み継がれているのは嬉しいですね。
浜本
十三刷はすごいね。
江口
この「泣けない魚」にもう少しギミックが加わると、川上健一さんの世界に近づく気がします。
浜本
あぁ、わかります。
プロフィール

Back number