よみもの・連載

2021年 新春特別企画 堂場瞬一さんインタビュー

聞き手・細谷正充さん
構成・文/宮田文久 撮影/織田桂子

細谷
主人公の側にさまざまな“事情”を抱えさせるのも、お好きですよね。
堂場
好きです(笑)。スーパーマンじゃないですから、やっぱりみんなそれぞれに、何か“事情”があるわけですよね。そうした事情や、内側の心理的な葛藤を克服していきながら、目の前の事件を解決していく。
細谷
かつて「ネオ・ハードボイルド」と呼ばれた作品の空気を、堂場さんの警察小説からは強く感じます。旧来のハードボイルドの主人公が「完成された傍観者」として事件にかかわっているのに対して、いわば「未完成な当事者」としてかかわる、というように変わったのがネオ・ハードボイルドでした。
堂場
ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドといった、いわゆるハードボイルド御三家の雰囲気とは、まったく違うと思います。御三家のようにカッコよく書いてみたいですが、あのハードボイルド感はきっと今の時代にも、僕の書き方にも合わないのかな、と。ただ歳を取るにつれて、だんだんとロス・マクの地味さに魅かれてはきているんですよね(笑)。
細谷
若い頃は、ロス・マクは地味に映りますよね(笑)。
堂場
ロス・マクの最後のほうの作品は、主人公はほとんど何もせず話を聞くだけの「観察者」ですから。最近は自分の気持ちがその「観察者」のほうに引っ張られつつ、しかし描く警察官たちは税金をもらって働いている立場ですから、「観察者」にはなりようがない。今後の悩みどころのひとつにはなりそうです。
細谷
主人公が抱える事情に話を戻すと、〈警視庁失踪課・高城賢吾〉シリーズ(2009〜2013年、中公文庫)の高城は、過去に娘が失踪し、妻とは離婚していますね。
堂場
心に穴が開いている感じですよね。喪失感といいますか、そこを埋めるために仕事をし、酒を飲んでいる。
細谷
〈アナザーフェイス〉シリーズ(2010〜2018年、文春文庫)ですと、主人公がシングルファザーですね。シングルファザーの刑事は実際にいてもまったくおかしくないのですが、ちょっと意表を突かれました。
堂場
今の時代、実は何もおかしくはないですよね。「失踪課」の高城はとても大好きな人物なのですが、書く側としても重かったので、〈アナザーフェイス〉シリーズではもっと優しい雰囲気の、しかし事情は抱えた人を書いてみたくなったのです。
細谷
子どもが出てくる小説がシリーズ化し、大河小説的になっていくと、小さかった子どもがすぐ大きくなっていきますよね。
堂場
そうですね。〈アナザーフェイス〉シリーズは子どもが小学校1年生という設定で始まり、中学3年生で終わっていて、9作あったから1作1年というような感じで。子どもが高校生になるという巣立ちのタイミングが、シリーズの幕をおろすのにちょうどよかった。だから、子どもの成長に引っ張られたシリーズでもありましたね。
細谷
それは計算ではなく?
堂場
はい。自分でコントロールしきれないのもまた、シリーズ作品の面白いところですね。というより、9作もシリーズがつづいているのに人間が成長しない、というのはおかしいですから。
細谷
たしかに、そうですね。いつまでも歳をとらない人物というのは、今の警察小説ではありえないですよね。
堂場
昔はそういうのが定番で、主人公の状況がずっと同じという『サザエさん』方式の警察小説が多かったわけですが、今はなかなか……。逆にいえば、永遠に続くシリーズはないんですよ。基本的には「どこかで終わる」という前提を考えて書いています。
プロフィール

堂場瞬一(どうば・しゅんいち) 1963年茨城県生まれ。青山学院大学卒業。会社勤務のかたわら執筆した「8年」で第13回小説すばる新人賞受賞。スポーツ青春小説、警察小説の分野で活躍中。著書に『いつか白球は海へ』『検証捜査』『複合捜査』『解』『共犯捜査』『警察回りの夏』『オトコの一理』『時限捜査』『グレイ』『蛮政の秋』『凍結捜査』『社長室の冬』など多数。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。時代小説とミステリーを中心に、文芸評論家として活躍。著書に『必殺技の戦後史』『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版 全100冊ガイド』『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』、編著に『くノ一、百華』『きずな 時代小説親子情話』『時代小説傑作選 土方歳三がゆく』など。

江口洋 堂場さんの元担当編集。

出島みおり 集英社文庫編集長

集英社文庫の堂場瞬一作品。刊行順は下段→上段、左→右。一番初めの『8年』は2004年刊。

文庫化を控えている単行本作品。『ホーム』は19年ぶりに書いた『8年』の続編。