よみもの・連載

2021年 新春特別企画 堂場瞬一さんインタビュー

聞き手・細谷正充さん
構成・文/宮田文久 撮影/織田桂子

堂場
そうした学びは、至るところにあるんですよね。2020年には、デビュー作『8年』の19年ぶりの続編『ホーム』を出したんですが、そのときに実感したのは「登場人物はできるだけ殺しちゃいけない」ということ(笑)。誰かを死なせてしまっていたら、こんな続編は生まれていなかったかもしれませんから。これは意外と大事なことだな、と。
細谷
なるほど(笑)。話は少し脇にそれるのですが、〈捜査〉ワールドの2作目である『複合捜査』は舞台がさいたま市ですよね。巻末解説でも書いたのですが、私自身が以前に住んでいたことのある街でして、途中に出てくる光景の多くが「あ、あそこだ」とわかるんですよね。これは必ずや、実際に歩いて取材されているのだろうな、と感じました。
堂場
はい、方々を歩いていますし、『複合捜査』の取材時は、うろうろし過ぎて地元の警察署の前で怪しまれさえしました(笑)。『共謀捜査』の舞台のひとつとなったスイスこそ、コロナ禍で行けずじまいになってしまったのが悔しいのですが、基本的に舞台はすべて歩くようにしていますから情景描写には自信があるんです。そして、「今の時代の、その街の様子を残したい」という気持ちもあるんですよ。小説も、そうした記録のひとつであるべきだと思うので。
細谷
「今の時代を残したい」ということでいえば、これは偶然にも、2001年1月に出たデビュー作『8年』の単行本、その帯に載っている写真が、ニューヨークのワールドトレードセンターなんですよね。
堂場
そうなんですよね、そのすぐ後に「9.11」でなくなってしまった。
細谷
2011年の東日本大震災の後に「いつ何があるか分からないから、これからは好きなことだけをしたい」と決意し、翌2012年に会社を辞めて専業作家になった――と、『共謀捜査』のあとがきに書かれていますね。そしてその作品自体が、コロナ禍のど真ん中に発表された。そう考えると、堂場さんの20年というのは、まさに激動の時代だったんじゃないかと思うのです。
堂場
いろいろありすぎましたね、僕もまだ冷静になってまとめることはできていません。
細谷
堂場さんの小説からは「時代を鷲摑みにしたい」という意欲が窺(うかが)えるわけですが、だとすると直近の20年をどう捉えるのかということが、これからの課題になってくるのではないか、と感じます。
堂場
そうですね、コロナだって自分の中ではまったく消化できていないですし、それこそ東日本大震災の後がそうだったように、エンタメ小説でこうした出来事をきちんと引き受けながら描くにあたっては、咀嚼(そしゃく)するための時間が必要だと感じます。20年という長い歳月を描くとなれば、なおさらです。ある広がりをもった時代は、「今年の漢字」のようにひとつの言葉だけで言い表すことがそもそも難しい。それでもぴったりとした表現を見つけながら、時間的なスパンを広くとって、その変化を描いていく――今後の大きなテーマのひとつですね。
細谷
デビュー20周年を迎えて、これからは次の20年へと向かうわけですよね。執筆ペースは毎日50枚で変わらないですか。
堂場
今のところ変わりませんね。歳も歳ですから、さすがに落ちていくのかもしれませんが……最近は揚げ物をあまり食べちゃいけなくなってきたので、その願望が作品の中にカツカレーのような形をとって現れるようになっています(笑)。
細谷
ああ、食べ物は堂場さんの作品にとって大事なトピックのひとつですね。
堂場
『弾丸メシ』(2019年)という食エッセイまで出したくらい、食べることは大好きです。
江口
私個人の考えですが、堂場さんは警察小説界の池波正太郎さんだと思っています(笑)。
堂場
でもなあ、登場人物たちが食っているものが安っぽいんだよなあ(笑)。
細谷
いえいえ、池波正太郎の作品だって食べているものは安っぽいですから(笑)、いいんじゃないでしょうか。
堂場
フランスの美食家だったブリア=サヴァランの名文句に「何を食べているか言ってくれれば、あなたという人間がどういう人間か当ててみせよう」というようなものがありますが、僕の小説の考え方もまさにそれですね。その人がどんな人物なのか、どういう状況にあるのかということは、何を食べているかによって表現できる。ただ、最近自分で気がついたことがあります。登場人物が頼みごとをするときに「悪いな、今度何か奢(おご)るから」というようなことをよく口にする割には、その後に実際奢ったエピソードがないんですよね。みんな口約束の人間ばっかりなんじゃないか、と(笑)。
細谷
それは気がつきませんでした(笑)。
プロフィール

堂場瞬一(どうば・しゅんいち) 1963年茨城県生まれ。青山学院大学卒業。会社勤務のかたわら執筆した「8年」で第13回小説すばる新人賞受賞。スポーツ青春小説、警察小説の分野で活躍中。著書に『いつか白球は海へ』『検証捜査』『複合捜査』『解』『共犯捜査』『警察回りの夏』『オトコの一理』『時限捜査』『グレイ』『蛮政の秋』『凍結捜査』『社長室の冬』など多数。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。時代小説とミステリーを中心に、文芸評論家として活躍。著書に『必殺技の戦後史』『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版 全100冊ガイド』『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』、編著に『くノ一、百華』『きずな 時代小説親子情話』『時代小説傑作選 土方歳三がゆく』など。

江口洋 堂場さんの元担当編集。

出島みおり 集英社文庫編集長

集英社文庫の堂場瞬一作品。刊行順は下段→上段、左→右。一番初めの『8年』は2004年刊。

文庫化を控えている単行本作品。『ホーム』は19年ぶりに書いた『8年』の続編。