よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
おふたりにとって、書く楽しさというのはどこにあるんでしょうか。
上田
楽しさ……うーん、締め切りに追われてばっかりで。何が楽しいのだろう(笑)、ちょっと考えます。
野口
楽しさということとは少し違うかもしれませんが、作中の人物が自分で動いてくれるときは、なんともいえない心地がしますね。
上田
ああ、そうですね! たしかに、それはありますね。
野口
悩みに悩んであれこれと書いて、何度も朱字を入れて書き直して……と、しんどい思いをした文章が面白いとは限らない。不思議なものですね(笑)。
上田
私たちが一日悩んで書いた1行だとしても、読者の皆さんにしてみたら、読むのは2秒ですからね。
野口
本当に。そうやって悩むのではなく、人物が勝手に喋って動いてくれるときというのは、読み直しても本当にサーッと書けている文章でして。無駄がなく、書き足らない部分もない、ということがあるんですよね。それはやっぱり、ある種の快感といってもいいものがあります。まあ、そういう瞬間はめったに訪れないのですけれども(笑)。
上田
めったにないです(笑)。でもやっぱり、そういうことはたまに起こる。主人公が動くというだけでなく、脇役が勝手に動きだすこともありますね。1回しか登場させないつもりでいた人物が、「ここで俺を出すべきだろ」と前に出てくることがある。そのとき、作者としても「ああ、そうか」と気づかされるんです。
野口
登場人物自身が主張するといいますか、「何とかしろよ」と声を発するときですよね。書きはじめたときに何か大事な役目を負わせようとしていた脇役は意外に動かないのに、ちょこっと出しておいた人物が、だんだんと存在感を発揮する……そんなこともあります。
上田
そうやって筆が進んだあとは、「書けた!」という感覚じゃないんですよね。自分としては、「あれっ、いつの間にか終わってるな」という感じ。「おお、ここまで話が進んでる」とハッと気づく。
江口
「気がついたら筆が進んでいた」というお話は、作家の方々からよく聞くんですけれども、それはいったい、どういう状態なのでしょうか?
上田
私の場合は、今書いている行の2行先くらいの文章が、常に両目の前に降りてきているような感じなんですよね。それをそのままタイピングしているような感覚です。もちろん頭のなかで考えてはいるんですが、そうやって見えた“少し先の文章”を、半永久的にそのままタイピングしているような状態です。調子がよければ1日で原稿用紙30枚くらい、10日で文庫本1冊になりますが、最近そこまでの状態になることはなかなかないですね。
野口
すごいお話ですね。筆の進め方ということに関してですが、私は作品を重ねるごとに書き方が変わってきました。かつてシナリオを勉強したことがあったので、ちゃんと構成を立ててから書く、という方法を当初はとっていました。しかし、それがやがて変わっていった。頭のなかに1行しか浮かんでいない状態からスタートしていったら、先ほどお伝えしたような「自分でも思いがけないような方向に人物が動き、生きていく」ということがあったんです。細かく伏線を張るですとか、この人物にこの場面でこういうことをいわせよう、というようなことはあまりしないほうが楽しいし、面白いものが書けることがあるな、とわかってきました。もちろん、ケースバイケースではあるんです。頭のなかに最後の1行が出てきたからこそ話が動きだしたとか、作品によってすべて違うんですけれども。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長