よみもの・連載

信玄

第三章 出師挫折(すいしざせつ)10

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 予想通り、三日目に加藤信邦から報告が上がってくる。
『頼重殿がどうしても御屋形様と話をさせてくれと申しております』
 それを見た原昌俊は再び東光興国禅寺へ向かった。
「開けてくれ」
 加藤信邦に開錠を命じ、小さな燭台(しょくだい)だけを手に、土蔵の中へ入った。
 諏訪頼重は暗がりの中で膝を抱え、壁に寄りかかっていた。
「頼重殿、お話を伺いにまいりました」
 声をかけた原昌俊の顔を見て、頼重は微かに震える。
「……そ、そなたは」
 明らかに怯(おび)えたような面持ちになる。
 桑原(くわばら)城でのことを思い出したようだ。
「……晴信(はるのぶ)殿は……晴信殿はお見えにならぬのか」 
「御屋形様はお越しになりませぬ。頼重殿のことは、それがしに任されておりますゆえ、何なりとお話しくだされ」
「そ、そなたにか?」
「ええ」
「……あ、あまりに酷(むご)い仕打ちではないか。余は素直に従うたのに、これでは囚人(めしうど)と同じ扱いではないか」
「申し訳ありませぬが、幽閉となれば致し方ありませぬ。家中の規矩(きく)で決められておりますゆえ」
「余はすでに深く反省しておる。もう二度と武田家を裏切ったりせぬ。それを晴信殿にお伝えしたい」
「ご伝言はいたしますが、直にお伝えすることは叶(かな)いませぬ」
「な、なにゆえか」
「なにゆえかと問われても、幽閉であるから、としかお答えできませぬ。御屋形様が頼重殿とお会いすることは、もうないと思いまする」
「……で、では、御方(おかた)に会わせてくれ」
「それも無理にござりまする」
「ならば……ならば、いつになったら、ここから出られるのだ?」
 諏訪頼重は頭を搔(か)きむしりながら叫ぶ。
「これは異な事をお訊きになられる。刑期ではありませぬゆえ、期間など決まっておりませぬ。それが幽閉」
 原昌俊は静かな口調で答える。
 それを聞き、諏訪頼重はやっと事態の深刻さに気づいたようだ。
「……た、たばかったのか?……余を……たばかったのだな」
「これまた異な事を申される。開城の際にお命はお助けしたではありませぬか。されど、度重なる裏切りについては、責任を取っていただかなければなりませぬ。誰のせいでもなく、他ならぬ頼重殿ご自身がしでかしたことゆえ」
「だから……だから、深く反省したと申しておるではないか」
「すでに手遅れにござりまする。小笠原(おがさわら)と内通した時に、こうなるとはお考えになりませなんだか?」
「……」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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