第三章 出師挫折(すいしざせつ)12
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「それがしも同様に思いまして、すぐに居場所を探し出し、金刺殿が近づけぬようにしてありまする」
「よくやった、伊賀守」
「有り難き仕合わせ」
「頼重殿の隠し子が金刺の室となり、男子でも誕生してしまえば、その子が諏訪の正統だと言い出しかねぬ。何としても、その母子はわれらの手の裡(うち)に容(い)れておかねばなるまい」
「さように思いまする」
「見張りと護衛の者は付けられるか?」
「もう付けてありまする。源八郎(げんぱちろう)に手勢をつけ、城の出入りを封じておりまする」
信秋が見張り番を命じたのは、若い足軽大将、三枝(さいぐさ)虎吉(とらよし)だった。
「さようか。さすがに手回しが早いな。ならば、この身は新府へ戻り、御屋形様へ諸々のご報告を行ってこよう。そなたは引き続き、諜知と見張りを続けてくれ」
「承知いたしました」
「それがしの留守は、昌頼(まさより)に任せるゆえ、何かあったならば、協力して対処してくれ」
信方は留守居役に駒井(こまい)昌頼を指名した。
翌日、茶臼山本城を出て、新府へ向かう。それが九月の初旬のことだった。
躑躅ヶ崎(つつじがさき)館に赴いた信方は、すぐに晴信への報告を行う。その場には、原(はら)昌俊(まさとし)、甘利(あまり)虎泰(とらやす)、原虎胤(とらたね)らも同席した。
戦が終わってからの諏訪の状況を詳しく伝えた後に、まずは禰津元直の申し入れについて説明した。
それを聞いた晴信が念を押す。
「小県の禰津は、まことに臣従を望んでいるのか?」
「はい。それがしが伊賀守に確認したところによりますれば、明確に臣従と申しておりました」
「さようか。されど、われらはこれから佐久や小県で新たな仕置をせねばならぬ。そうなれば、村上義清(よしきよ)と戦を構えるかもしれぬということを承知の上なのであろうか」
「まだ直に話をしておりませぬので、それがしも断言はできませぬが、禰津元直があえて頼重殿の傘下に入り、さらに当家へ話を持ちかけてくるということは、村上とは手を結びたくないという思いがあるからではありませぬか。それゆえ、当家に臣従なのではないかと」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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