第三章 出師挫折(すいしざせつ)12
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
信方の考えに、原昌俊が賛同する。
「それがしもそのように考えまする。海野平合戦により滋野一統は四散いたしましたが、村上と組むくらいならば、いっそ当家と手を結んだ方がましだと考える者もいるということでありましょう。われらにとっても、小県に楔(くさび)が打ち込めるのは利にこそなれ、損にはならぬと存じまする」
「されど、村上についた小県の者もいるのではないか?」
晴信が訊く。
その問いには、原虎胤が答える。
「確か、海野の庶流で矢沢某(やざわなにがし)が村上についたのではないかと思いまする。他の者は海野棟綱と共に上野(こうずけ)へ落ち延びました」
「では、禰津を麾下に加えるということに対し、そなたらは賛成ということでよいのか?」
晴信が重臣たちの考えを確かめる。
四人は頷(うなず)いて同意した。
「さようか。では、板垣。まずは余の名代(みょうだい)として、そなたが禰津と話をしてくれぬか」
「承知いたしました。佐久や村上との件も含め、それがしが禰津元直の真意を量ってまいりまする」
「頼む」
「では、次の話にござりますが、実は頼重殿に隠し子がおりました」
信方の言葉に、他の重臣たちは驚いて顔を見合わせた。
晴信は微(かす)かに眉をひそめながら訊く。
「それは男子(おのこ)か?」
「いいえ、息女のようにござりまする」
それを聞いた晴信が小さく安堵(あんど)の息をつく。
「どうやら禰々様が嫁ぐ前に、頼重殿には内縁の女がいたようで……」
信方は跡部信秋が見つけた於大と娘の麻亜の話を続ける。
その二人が下諏訪の山吹城におり、見張りをつけて出入りを禁じていると報告した。
「何分にも寝耳に水の出来事でありましたので、まずはご報告をと。思わぬところから頼重殿の血縁者が出てくると、寅王丸(とらおうまる)様の将来に影を落とすことにもなりかねませぬゆえ、慎重に対処せねばならぬと考えまする」
「寅王丸に腹違いの姉か……。まことに、頼重殿の落とし胤(だね)なのか」
晴信が戸惑いの色を浮かべた。
それを聞いた原昌俊が進言する。
「御屋形様、諏訪を安定させるためにも、この話が広がるのは得策ではござりませぬ。頼重殿の実子かどうかの確認も含めまして、しばらくは信方とそれがしに処遇をお任せいただけませぬか」
「それは構わぬ。……構わぬのだが、余もその母子に会うておきたい。少なくとも、禰々や寅王丸には関係する者たちだからな」
「承知いたしました。然(しか)るべき時を見計らい、お会いいただく席を設けまする。されど、今は禰々様の御耳に入ったりせぬよう、内々に事を進めるのが肝要と存じまする」
「わかった。そうしてくれ。板垣、次の話は?」
晴信の問いに、信方が首を横に振る。
「ありませぬ。ご報告は以上にござりまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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