よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第四回

川上健一Kenichi Kawakami

「うん。やっぱりな、そこまでやって会いに行くってのは気が引けるんだよ。それこそ失礼な気がする。分かっているのは同級生の女に聞いた十和田から函館に引っ越していった時の住所だけだよ。山田がいうように弁護士に頼めば居場所を突き止められるかもしれんけど、そういうことはやりたくないんだよ」
「だけどさ、ちょっと顔を見れば気が済むんでしょう? だったら弁護士に頼んでさっさと調べてもらえばいいのに。ストーカーとか悪いことする訳じゃないんだから、調べてもらってもいいんじゃないの? その方が簡単じゃない。時間も節約できるしさ。今からでも遅くないんじゃない? どうなんだよ山田。函館空港に着いたらお前んとこの弁護士に電話して調べてもらえば二、三日で分かるんじゃないの?」
「いいすけ(いいから)水沼の好きだおに(好きなように)やらへでおげ。果たしてどうなるかのドキドキ・ワクワク・ジグナシ(意気地なし)・ミステリーツアーだ。その方が面白い」
「でもさ、本当に会いたかったらちゃんと調べるんじゃないの? ということは本当に会いたいって訳じゃないんじゃないのか? どうなんだよ?」
 小澤は納得いかないという顔を水沼に向ける。
「うーん、まあなあ、会いたいけどな、会わない方がいいんじゃないかって気もするんだよ。まだ迷っている」
「男らしくはっきりしなよ」
 小澤がじれったそうにいうと、お前なあ、と山田は苦笑いして小澤を向き、
「はあ(もう)いい歳になったんだすけ、いい加減におがれ(大人になれ)。純真無垢な童貞の揺れる心を分がってやれ」
 という。
「何が純真無垢だよ。お前たちは小学生の時にはもう汚れ切っていたじゃないか」
「あのな、小学生で汚れていたのは青っ洟デロデロ垂らしてたからで、それを袖口で拭いてデロンデロンになったからで、心は清廉潔白、垢ひとつついていない、ピカピカにきれいだった。ワだっきゃ(俺なんか)十和田の天使といわれてみんなが手を合わせたもんだ」
「青っ洟デロデロ垂らした天使なんて聞いたことないよ」
 小澤はちゃんちゃらおかしいと笑う。
「とにかぐビヌールよ、どんだりこんだり(好きなように)せ(しろ)。ゴルフやってみどりちゃんに会いたいと思ったら行ってみべし(みよう)。会わなくてもいいって気分だったら、そのままホテルに帰って、それから函館見物すんべし(しよう)」
「先に彼女の住所の所に行ってみるか。その方がすっきりしそうな気がする」
「へんだすけ(だから)ワが(俺が)へったべせ(いっただろう)。先にみどりちゃんの住所の所に行ってみるがって」
「その時は、ゴルフやってからの方が、少し落ち着いて会いに行けると思ったんだよ。まあ、どこにも引っ越ししていなかったらだけど」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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