よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第四回

川上健一Kenichi Kawakami

「へでもな(だけどな)、まずゴルフしてからっていう方がいいかもな。なしてったへれば(なぜかというと)、イガど(お前と)小澤は破壊されだ不細工な面っこ(顔)だすけ(だから)、そのまま行ったら人相が悪いってうさんくさがられる。イガどの(お前たちの)へたくさいゴルフ見て大笑いして、それで面っこ柔らかくしてから行けば、近所の人も警戒しなくなって、引っ越していった先を教えてくれるかもしれね。引っ越してたとしてもだ」
「お前に顔のことはいわれたくないよ。ぶっ潰れた顔はお互いさまだろうが」
 ベルト着用のアナウンスがあり、小澤は安全ベルトを装着する。水沼と山田は話に夢中だ。小澤の側に女性客室乗務員がやって来て足を止める。水沼と山田が安全ベルトを装着しそうもないので声をかけようと少し身を乗り出す。
「おい、ベルト着用しろ。スチャワーデスさんが注意しに来たぞ」
 小澤が水沼と山田に声をかける。
「何? はあ(もう)落ぢるのが?」
 山田が振り向き様にいって女性客室乗務員を見上げる。
「あの、お客様、着陸ですから、落ちるでなくて、降りる、です。ベルトをお締めください」
 営業用の笑顔が引き攣(つ)っている。落ちるなど縁起でもない! と顔に書いてある。
 水沼と山田と小澤は顔を見合わせてから吹き出し、小澤が、
「ごめんなさいね。落ちるっていうのは、南部弁の十和田語で降りるという意味なの。ネイティブ訛りで落ぢるっていうんだけどね」
 と笑いながら女性客室乗務員を見上げる。
 引き攣った笑顔の女性客室乗務員が行ってしまうと、水沼は窓外に目を向ける。飛行機は雲の層を抜け、窓に鈍色の津軽海峡と、その向こうに紅葉に染まった大地が迫っていた。
「初恋のことを思うと、みんな童貞になっちゃうか……」
 水沼は函館の市街を見下ろして独りごち、大きく息を吸って吐いた。


「どうだ。やっぱり北海道はオープン・カーだろうが。さわやかな風。雄大な景色。紅葉真っ盛り。北海道のドライブにはオープンカーだよなあ」
 運転席の山田はご満悦だ。ハンドルに置いた両手で愛でるようになで回す。
 水沼と山田と小澤の三人は、函館空港からシャトルバスで、函館空港の近くにあるオープンカーを扱っているレンタカー店までやって来て手続きを済ませ、山田が予約しておいた黄色いオープンカーに乗り込んだ。
「ではお気をつけて。当社の旭川空港営業所はカーナビに入力しております。ガソリンは空港近くのガソリンスタンドで満タンにしてからお返しください」
 レンタカー店の屋根つきエントランスに停車している黄色いオープンカーの傍らで、見送りに出た焦げ茶色の制服姿の若い女が営業用の笑顔を作る。
「はいよ。分かってるよ。それより、どう? 一緒に紅葉狩りドライブ行かない?」
 運転席の山田が臆面もなく女性を誘う。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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