よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第四回

川上健一Kenichi Kawakami

「うわあ、行きたいですねえ。北海道の紅葉、まだちゃんと見たことないんです」
 きれいな黒髪。笑うと一筆書きのようになる細い目のうりざね顔。なかなかの美人だ。
「北海道の人じゃないの?」
 後部座席に座っている小澤が身を乗り出す。
「はい。元々は東京なんですけど、去年からこちらの会社に入って、函館空港営業所勤務になったんです」
「小澤、このツラツケナシ(図々しいやつ)! ワが(俺が)へってる(しゃべってる)のさ割り込むなッ。イガ(お前)は黙ってろ!」
 山田は小澤を一渇してから美人さんを見上げ、
「だったら一緒に行こうよ。俺たちと一緒だと楽しいよ。君みたいな美人が一緒だと俺たちも楽しいしさ」
 と軽い口調で笑う。子供っぽいけれんみのない笑いにつられるように、美人さんは思わずニッコリと笑いを返す。
「ありがとうございます。行きたいんですけど、仕事がありますから。三人で楽しんでください」
「仕事か。仕事じゃしょうがないけど、まずは自分を大事にしなさいね」
「はい。ありがとうございます」
 美人さんは思いがけない山田の言葉に、戸惑いの表情を笑顔に浮かべる。
「珍しいこというなあ。いつもおちゃらけているお前がそんなこというなんて。雪でも降るんじゃないか?」
 と小澤が茶化す。
「やがましね!(やかましい!)バガッコのイガど(お前たち)と一緒にいると、バガッコ菌が伝染してバガッコになるだけなんだよ。会社では二宮尊徳部長と部下たちから崇め奉られている」
 山田は威厳を正してグイと胸を張る。
 水沼は苦笑しながら、
「嘘だな。今時二宮尊徳なんて知ってる若いやつはいないからな。あなたは知ってる? 二宮尊徳」
 と美人さんにいう。
「いいえ。みなさんのお知り合いの方ですか?」
「知ってるけど友達じゃないんだ。僕らの生まれるずっと前の人だからさ。な、ほらみろ。今の若い人たちは知らないんだよ」
「ハハハ、ばれたか。さあて、じゃあ出発するか。水沼、どやすど?(どうする?)みどりちゃんの方さ(方に)先に行くか?」
「いや、やっぱり先にゴルフでいいよ。予約してあるし。やっぱりゴルフをしてからの方が落ち着いて訪ねて行けそうな気がする」
 水沼は助手席でうなずく。
「そうか。じゃあ予定通り大沼に直行だ。おねいさん、元気でな。また会おうね。せっかくお近づきになったんだから、郵便番号教えてくれる? また会いたいからさ」
 山田はニッコリと笑っていう。
「郵便番号ですか?」
 美人さんはクスクス笑う。笑うとますます目が細くなる。
「うん。こう見えてもシャイなんだよ。携帯の電話番号ってしょしくて訊けないんだよ。郵便番号なら訊けるんだ」
「しょしくて、って何ですか?」
「こいつはね、青森の南部出身で、しょしくては恥ずかしくてっていうことなんだよ」
 水沼が助手席から声をかける。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

Back number