第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二頭の馬までが意地を張るように進路を変えず、真正面から挑んでいく。
ほんの五寸ほど左に馬を振った信繁が、相手の喉元を目がけて正確無比な槍を繰り出す。
同じように馬首を左へ振りながら、柿崎景家は相手の繰り出した槍穂をこともなげに切先で弾く。
一閃。互いの動作は、ほんの瞬きの間に起きていたが、当人たちには時が無限に引き延ばされているが如く感じられる。
敵の槍柄がわずかにしなり、切先が風を切りながら己の頬をかすめてゆく様を、互いにはっきりと瞳に映していた。
疾風の一合(ごう)を交わした両者は、素早い手綱捌きで馬首を返そうとする。
互いの愛駒は甲高い嘶きを上げながら半身を捻(ひね)り、向きを変えようとした。
いち早く方向を転換した方が、必ず有利となる。
だが、その動きまで、寸分違わず同時だった。
今度は、柿崎景家が馬を寄せ、素早い連撃を繰り出す。
上下に突き分ける相手の攻撃を、信繁が槍の太刀打ちに絡めながら捌いてみせる。
互いの駒は主の呼吸に合わせて小刻みに脚を動かし、今にも嚙みつかんばかりに相手の駒を睨みつけていた。
数合を打ち合い、二人の先陣大将は馬をさげ、再び間合を取る。
馬術。槍術。気魄、腕前は、互角。
この打合いで、相手が馬上槍の手練であることを、互いにひしひしと感じていた。
─―この者、以前に相まみえた時よりも、間違いなく腕を上げている。わが槍の付け入る隙が見つからぬとは……。
柿崎景家は己の驚愕を悟られぬよう、わざと鷹揚(おうよう)な構えを取る。
互いに相手の気配を読みながら、手綱だけで駒を動かしていた。
信繁は愛駒を右へと回し始める。
─―このままでは互いの援護が交じり、乱戦になってしまう。その前に、仕留めを狙わねばならぬ。多少の無理をしてでも斬合いに持ち込むぞ!
武田の先陣大将は切先で牽制しながら、相手の背後を取ろうとする。
それに呼応し、越後の先陣大将も右転しながら防御を行い、次の瞬間には攻めを狙う。
攻防一体。打突肉薄。二人は勾玉巴(まがたまどもえ)の形で対しながら、相手の気勢と一挙手一投足に全神経を集中していた。
むろん、先にその集中が途切れた方が負けとなる。
鋭い応酬が繰り返され、柿崎景家が間合を取ろうとする。
その刹那、だった。
槍を下げた信繁が掌中で朱塗りの柄を滑らせ、槍尻の石突きを摑む。
間髪を容れず、相手の馬の首ごと薙(な)ぎ払うような一撃を繰り出す。
奇襲の一手。二間という槍の長さを目一杯遣う、捨身の大技である。
しかし、相手の奇手を警戒していた柿崎景家は、驚きながらも素早い手綱捌きでその一撃から愛駒の首を守る。同時に、己も敵の攻撃をかい潜(くぐ)った。
そうしながら、次の一撃に備える。
ところが、その時、思いもよらぬことが起きた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。