第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
胸の上で合掌し、信繁は最後の礼を言う。閉じた瞼から泪が溢れ、頬を濡(ぬ)らした。
柿崎景家は、その落涙から眼を逸らす。
それから、愛駒の背を下りた。
─―武人ならば、戦場において、かような行いをしてはならぬ。
そう思いながらも、意識と軆が逆の動きをしてしまう。
武人としてではなく、一人の人間として魂魄が惹(ひ)かれてしまったのである。
「参る……」
そう呟き、槍を振り上げる。
その眼下には、覚悟を決めた武士の顔があった。
「……御免!」
柿崎景家は、止めの一撃を放つ。
微かな吐息と共に、蒼天の下で信繁は絶命していた。
その最後の一息を、微風が武田本陣へと運んでいったように思える。だが、武人としての魂魄は、まだ戦場の荒野でたゆたっていた。
越後一の猛将は、生まれて初めて、戦場で敵に慈悲というものを感じていた。
己の放った切先は見事に相手の喉仏から盆(ぼん)の窪(くぼ)までを貫き、ほとんど痛みを感じる暇はなかっただろう。睫毛を伏せ、思いを込めてゆっくりと槍先を抜く。
これが四度にわたり先陣で相まみえてきた漢との別れだった。
戦場において、柿崎景家がこんなことをしたのは初めてである。その理由は生涯、己にも言葉にできないだろうと思った
ただひとつ言えるとすれば、眼前で息絶えた漢は、紛(まが)うかたなく比類なき宿敵であり続け、己にとっても特別の存在であった。
しかし、特別の存在を倒したからといって、感傷に浸っている暇はない。
─―いっそ号泣でもできれば、どれほど楽であっただろうか……。
だが、これまで武田との戦いで散っていった同朋たちを思えば、倒した敵のために泪を流すことはできない。
─―戦場の華こそ、哀(かな)しけれ。いずれは散る。己もいつか、かような有様で戦いの荒野にて果てるのであろう。されど、果てるのだとしても、それこそが武士の本懐なり。
柿崎景家はそう思っていた。
信繁、享年三十七。川中島四度目の戦い、先陣にて討死。
それは味方にも、敵にも、惜しまれた散り際だったかもしれない。
その華を摘んだ柿崎景家は眦を決し、眼前の戦いを見据え直す。痛みを堪えながら無常を振り切るように槍を振り、前方へ愛駒を発進させた。
両軍の戦いはまだ続いていたが、信繁の一隊による決死の突撃により、龍蜷車懸の戦法で攻撃を行っていた越後勢は止められた。
完全に陣形を崩し、散開しながらも、さらに武田勢を追い始める。
それがどれほど大きなことであったか、本陣にいる信玄はまだ知る由もなかった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。