「して、飯富。佐久での戦(いくさ)は、いかような具合になりそうか?」 晴信が真剣な面持ちで訊く。 「御屋形(おやかた)様はまず平賀(ひらが)の残党が籠もる内山(うちやま)城と平賀城を落とせと仰せになられました。なるべく早くこれらの城を片付け、次に大井一門の岩尾(いわお)、耳取(みみとり)、芦田(あしだ)、相木(あいき)などを服従させるか、佐久から追い出せとのこと」 「さようか。だいぶ広きに渡る戦になりそうであるな」 「はい。御屋形様は諏訪(すわ)頼重(よりしげ)と合力せよとも仰せになりましたが、それだけは何とも……」 「何か問題がありそうなのか?」 「諏訪とは一度、決裂した経緯がありまして、われらが出陣すると知って素直に力を貸してくれるかどうか……」 虎昌が困ったような顔で頭を搔く。 「ああ、そうであったな。されど、今の頼重殿ならば、無下に与力を断ったりはすまい」 「であれば、幸いにござりまするが」 「厳しい戦であろうが、できることがあれば協力は惜しまぬゆえ、何なりと申してくれ」 晴信の言葉に、虎昌は眼を見開く。 「まことに……ござりまするか?」 「ああ、まことだ。白々しい世辞など申すつもりは毛頭ない。何かあるならば、まずこの身と板垣に相談してくれ。元々、平賀との因縁はこの身にあり、本来ならば佐久の戦も、われらが出張るべきではないかと思うていた。されど、御屋形様のお許しが出ぬ以上、如何(いかん)ともし難い。そなたは北条(ほうじょう)との合戦に続き、昨年も戦に出張ったばかりだというのに、難儀をかけて済まぬと思うておる」 真摯(しんし)な面持ちの晴信に、思わず虎昌が見惚(みと)れる。 「……まことに、もったいなき御言葉」 「虎昌、若は本気で申されておる。先日の軍(いくさ)評定の後、それがしも同じことを聞かされた。われらが出張るべきではないかとな。どうしても、そなたにその気持ちを伝えておきたいと仰せであったのでこうして誘い、来てもろうた」 信方が新たな酒を注ぎながら言う。 「いや、嬉しきこと限りなし。この虎昌、感激いたしました」 微(かす)かに眼を潤ませ、酒を呷(あお)った。 それから三人はより打ち解け、盃を重ねながら様々な話をする。晴信は信方と虎昌から己が生まれる前の家中の様子や苦労話などを聞くことができ、改めて二人の固い絆を知った。 「……いやぁ、すっかり御馳走になってしまいました。あまりに心地良く、ここで眠りこけてしまいそうなので、そろそろ失礼いたしまする」 虎昌はだいぶ酔いが廻(まわ)った顔で暇(いとま)を請う。